空の味 (終)

未完成の完全性

禅そのもののように静かで、垂直と水平に均衡の取れた平等院の壮麗さは、完璧であるように思われる。しかし、まさにこの対称的な完全性のなかに、柳は美の隠された脆弱さを見出していた。

『民藝』という雑誌の平成5年の5月号に、私は全集には収録されていない柳の遺稿を発見した。何らかの理由で、著者はそれに題名をつけることさえ間に合わなかったのだが、それが皮肉にも、この遺稿自体を未完の完全性の象徴にしていた。

柳の未発表の言葉を読みながら、私は最初、平等院の対称的な姿を思い描いていた。しかし、突如として目の前に浮かび上がったのは、ペットボトル入りのお茶飲料が流れるベルトコンベアの光景だった。ペットボトルこそが、21世紀の「茶器」に他ならないのだから。しかし、私の関心はその中身にある。

«茶器の美は、「不完全なるもの」、「不均斉なるもの」の美であると云はれる。何故に之は茶器に限られたわけではなく、凡ての美しいものは、この要素を缺いてはならない。だがこの消息を説くのに、茶器は一番手頃な又身近な例であらう。なぜ「完全」では充分に美しくないのか。なぜ不均斉の方が均斉より更に美しいのか、好個の公案である。

色々の角度から言ひ得よう。作品が完成されるとは、それが或一つの限界に達してゐることを意味する、完全なものは却つて或限定なのである、それ故停止の姿だとも云へる、何も余韻が残らぬ。凡てが整理され、繋ぎ合され、割り切られて了つた姿である。その結果として自由なものを残さない、見る者をそれぞれによって拘束され、封じられて了ふ。それ故完全なものは固く、又冷たい。それは停止を意味する。死でさえあると云へる。見る者は、心惹かされはするが、心はそこから自由をうけない、くつろぎを受けない。窮屈な感じで心もゆとりがないのである。かかる性質から美しさから遠のくのは当然である。完全なもの、余りにも均斉の整ったものは、美しくはなり得ない、少なくとも醜いのである。» p. 2、民藝、

柳が書いたこの数行は、完璧に対称的な平等院の建物に今にも食い込んで破壊しようとする、目に見えない亀裂のようである。だが、寺院を囲む池の自然に屈曲した岸辺のラインが、思いがけずこの光景を救っている。北側で阿字池は広く、南側では狭い。ペットボトルにはそのような贅沢はないのである。

「阿字池」という響きは、「味の池」を連想させる。水面を渡る微かなさざ波は、平等院の整った姿を映す影を揺らし、あたかも煎茶のほのかな渋味のように、その完全性を破ることなく、わずかに崩している。

柳はここで侘びという語を用い、それを渋さの静かな深みや、幽玄の秘められた奥深さに通じるものとして語っている。

«歪みや荒々しさが、目立つようではいけない、度を越えるなら奇怪になって、美感を傷つけてしまふ。病的な美は、本質的な美とはならない。不均斉は静でなければならない、歪みは穏かであってこそよい。歪みが主となってはいけない。若し主となるなら、騒がしいもの、奇形なものとならう。奇異なものは高い美しさとはならぬ。グロテスクは美の健全な要素であってこそよいので、醜く奇怪なものであってはならない。» p. 3、民藝

ここで柳は読者を、南無阿弥陀仏の「他力」に身を委ねるのか、それとも積極的に「自力」を尽くすのかという、古典的な分岐点へと導く。茶はまるで、急須とペットボトルのあいだに宙づりにされたかのようである。

«併し佛徒が明かにしてくれたやうに、道には自力他力の二門があるのである。自らの力に立つ道と、他の力に便る道との二つである。前者は天才の進む道。後者は大衆の歩く道。このことがあるばかりに、凡々たる作者も、美しいものが生めるのである。「井戸」は全く他力の作であると云つてよい。» p. 9-10、民藝、

他力の道とは、無心なる職人たちによる集団的な仕事であるか、あるいは西田幾多郎が「純粋経験」と名づけた、幼児に見られる直接的な意識のあり方である。

«子供心の美しさは聖者達から展々説かれた。「児の如くならずば天国に入ることを得じ」とイエスは云つた。あの老子も亦嬰児のらかさを讃えた。「赤子念佛がよき也」とは明禪法印の常の仰せであつたといふ。無邪気な天員爛慢な子供心に教はるものは大きい。

子供達の不完全な絵に、美しさが宿るのは当然である。穉拙美と呼ぶものは、美に於ける一つの價値なのである。穉拙そのものに質値がなくとも、そのたどくしさが、淨らかさと結び合ふが故に、人々の愛を招くのである。とりわけ巧詐の罪に悩む大人が、この世でそれ等の穉拙なものを見ると、何か救はれる想ひがあるのである。» p. 5、民藝

続いて柳は、完成を自力によって超克する第二の方法、すなわち自力の道について語る。

ここで第二の不完全なるものの姿が現れる。こん度は完全と向ひ合ふ不完全ではない。彼はもはや赤子ではない。だが赤子の如くになりたいのである。残る道は完全を否定することである。完成を取り去ることである。全からざる状態に止まるのではなくして、全きものを進んで破り去ることである。完全への挑戦であり、奮闘であり、捷利でなければならない。完全を一度無に帰すことである。(中略)

だがここにいふ不完全なるもの1第二階梯は、意識界に於ける出来事である。嬰児の知らない世界である。戦ふ意識、悩む自覚が、かち得るものなのである。そこには賢明さや努力や精進や奮闘が要る。調はご自力の行なのである。

それは禪的な修行だとも云へよう。自力の闘ひであるから中々の難行である。凡ての人が勝ちおほせるとは云へぬ。恐らくは僅かばかりの者が、港に着けるのである。多くの者は途中で労れ、風にたたかれ、波に呑まれて了ふ。» p. 6、民藝

柳は、古の茶人たちが、人為的な「作為」を欠いた高麗井戸茶碗の不完全さのうちに美を見いだしたと述べる。

彼らは綿密な分析を行い、これらの名碗に備わる美の特徴を抽出して、それを「見どころ」と名づけた。そして、その要素をもとに再び「組み立て」ようと試みたが、多くの作品は不自然なものとなり、作者たちは失敗に終わった。新たな志野や楽、織部の茶碗のなかにその美を再現できた者は、ごくわずかに過ぎなかった。

柳は繰り返し、名もなき朝鮮の工人達による無意識の美の優位を称揚した。

«「井戸」に見られる不均斉は、不均斉に囚はれた不均斉ではない。均斉からも不均斉からも解放されたものなのである。その歪みや曲りや荒々しさは、自からさうなったといふに過ぎない。造作しないうぶの変とでも云はらうか。»と柳が主張する。p. 9、民藝

過度な作為を避けるという原理は普遍的なものであり、茶業の世界でも見事に当てはまる。たとえば品評会で上位入賞を目指すために、多くの茶農家は茶樹に大量の肥料を施し、被覆を行い、農薬で管理し、さらに摘み取った葉を美しい針状に仕上げるべく徹底的に揉み上げる。その結果として生まれる茶は、どこか不自然なものになりがちである。

もちろん、すべての出品茶が悪いと言いたいわけではない。しかし、その「高級性」に高い対価を払うくらいなら、私はむしろ、より素朴で自然な荒茶を選びたいと思う。

自力の道具としての技術や手法に過度に依存することは、ときとして目的達成から人を遠ざける。時には結果を自然に委ね、手放すことも必要なのである。

粉末茶に関する私自身の経験もまた、この柳の考えを思いがけず裏づけることになった。私は、栄西が宋からもたらした鎌倉時代の覆下を行わない抹茶に近いものを探そうとして、日本各地のさまざまな粉末緑茶を試してみた。しかし残念ながら、その多くは苦味が強すぎ、ラテに用いるか、あるいは栄西が『喫茶養生記』で説いたような強心のための薬としてならともかく、そのまま楽しむには向いていなかった。

後になって私は、その穏やかな味わいにはもう一つ重要な理由があったことに気づいた。私の手元に届くまで、その粉末茶は農家の涼しい土蔵でほぼ一年間眠っていたのである。その熟成が苦味をさらに和らげたのであろう。農家には茶を保管するための冷蔵庫すらなかった。しかし、その代わりにまるで他力のように冷涼な山間地の気候が働いていた。

世界は空であり、絶えず流動している。現実には、どこまでが自力で、どこからが他力なのかを見分けることは容易ではない。弱まりつつある農家の手から自然がいつバトンを受け取るのか、あるいは新しい技術がいつ急須からペットボトルへと茶を移し替えるのか、その境界は曖昧である。

現実は柳の考えを裏づけている。たしかに最も美しいものを生み出してきたのは、自我を離れた無名の職人たちであった。だが、そのような人々――日本の小さな茶農家たちは、今や日ごとに数を減らしている。

茶業界に限らず、私たちは今、困難な時代を生きている。しかし、まさにそのような困難な時代こそが、勇気ある天才たちを生み出すのである。彼らの「自力」とは、停滞した時代を動かし、行き詰まりつつある完成性を打ち破る力にほかならない。そうした優れた職人の一人については、後ほど紹介したい。