空の味

思わず手が湯呑みに伸びるが、湯呑みはまた空だ。

自己紹介
1. お茶、あるがままに
2. 古の茶を作る
3. 二つのお茶、二つの品質
4. それなりの価値
5. 茶の日常性と洗練性
6. 二つの茶、二つの味
7. 問題は?
8. 飲用性
9 単なる飲みやすさ
10. 茶と食べ物の相性
11.二つの味、二つの成分
13. 奇跡のカテキン
14. 自然性と人間性

15. 生物多様性 — 品質の根源

自己紹介

私は1973年、ソビエト連邦に生まれた。ロシアで育ち、2000年に日本文部省(当時)の奨学金を得て、神戸大学大学院で経済学を学ぶために来日した。

両親がそれぞれの愛する仕事に打ち込む、素晴らしい家庭で育った。父、ウラジーミル・セミョーノヴィチ・セレズニョフ(1936–2021)は新聞記者であり、博学多才で言葉に対して鋭い感覚を持ち、人との対話に長け、何もないところからニュースを見つけ出す才能を持っていた。

母、セレズニョヴァ・ラリサ・ボリソヴナ(1939–2019)は言語学者であった。彼女はロシア語の表記理論と実践を研究し、独自のアルゴリズムを用いてロシア語の綴字(スペリング)と句読法を体系化した。母は独自の用語を伴う自分自身の世界を築き上げ、私が学者になることを常に望んでいた。

私自身は学問の世界とは程遠いと考えていたが、今振り返れば、子供の頃から複雑な専門用語が飛び交う両親の難解な会話を聞く中で、科学における最も重要な道具、すなわち「既成の概念から自由になる能力」を両親から受け継いだように思う。

この能力は、すでに6歳の時に現れていた。父と叔父のエフゲニー・ボリソヴィチ・グルシャコフが、私にあらゆる「……とは何か?」という問いを投げかけ始めた時のことだ。私の答える定義は彼らにとって格言(アフォリズム)のように響き、やがてそれらは数冊のノートに書き留められた。

哲学者:問題の広がり屋。

永遠:鳴り止まない未来。

人間:他の人間の喜び。

海の深淵:水の根。

脈拍:健康の健康。

病院:負傷者の図書館。

ボタン:化石化した上着の住人。

埃:それは時間だ。絶えず飛んでいる。

金:給料の本質。

経験:準備された技術。

人生:未来についての思い。

水:喉の渇きに対する薬。

愛:生きる権利。

船乗り:海に屈しない人。

紙:万年筆の友。

過去:思い出。

秘密:隠れている言葉。

一日:ニュースの空間。

私には超能力があるのではないかと疑われ、モスクワへ連れて行かれた。そこである有名な研究所の職員たちにIQ測定のための様々なテストを受けさせられたが、結果は平均以下だった。

それにもかかわらず、1980年の『文学新聞(リテラトゥールナヤ・ガゼータ)』のある号では、最終ページ一面が私に割かれた。記事のタイトルは「神童たちをどう扱うべきか?」というものだった。

その後、叔父は私を有名な詩人エフゲニー・エフトゥシェンコの別荘へ連れて行った。エフトゥシェンコは、格言が6歳の少年のものだとは信じられず、私に意地悪な質問を次々と投げかけた。その中で覚えているのは一つだけだ。

「サーシャ、教えてくれ。鶏と卵、どちらが先に生まれたのかね?」と、小さな「問題の広がり屋」を窮地に追い込めるだろうと確信して、彼は尋ねた。

「命だよ!」

と私は鼻をほじりながら、迷わずに答えた。

日本で25年暮らした今、ようやくあの詩人との会話が、禅の問答に酷似していたことに気づいた。あの日、あらかじめ仕掛けられた論理の罠に陥らなかったことで、私は悟りを開いたのかもしれない。少なくとも、組織の枠組みの中に留まったままでは、その組織を変えることは不可能だと理解していたかもしれない。皮肉なことに、鶏と卵が、最終的に私にとってお茶を理解するための鍵となったのだ。叔父は私をモスクワの英才教育専門学校へ入れようと奔走したが、その計画は実を結ばず、私は両親と共にシベリアの都市オムスクへ戻った。

その後、母が新設されたヴォルゴグラード国立大学に職を得たため、1983年に私たちはヴォルゴグラードへ移住した。大学を卒業し、英語、ドイツ語、フランス語の教師の資格を得た後、当時自分にとって重要に思えた経済学の研究に数年間を捧げた。

やがてモスクワへ渡り、外国語図書館内にあった日本大使館の広報文化センターに偶然立ち寄った。当時の日本語の知識は乏しかったが、良さそうな研究計画書を作成し、奨学金の選考に合格した。

2000年10月、神戸に降り立ち、間もなく大学院へ進学した。懸命に勉強したが、自分の文系脳は数学や統計学、国民総生産(GNP)といったものと全く相容れないことを悟った。

2003年からは、当時盛んだった日本の中古車オークションの輸出業に携わった。子供の頃から異文化の接点に立ち、対外貿易に従事することを夢見ていたが、車や機械には興味が持てず、収入は良くても、常に空虚感と未充足感を感じていた。

2009年の世界金融危機「リーマン・ショック」と、その後の急激な円高により、私は中古車輸出から撤退し、新たな活動の場を模索せざるを得なくなった。

長く考えたが、おむつの輸出以上に面白い案は浮かばなかった。そんな時、京都に住む友人のアレクセイ・チェカエフが、日本茶のような高尚で気高いものを扱ってみてはどうかとアドバイスをくれた。

その助言が気に入り、全く未知のテーマにどこから手をつけるべきか考え始めた。茶道には関心がなかったが、日出ずる国の古来の飲料としての「日本茶」そのものには強い興味を抱いた。お茶との距離を縮めるため、京都へ通う頻度が増えた。

2011年の春、古都の細い路地を歩いていた時、六角堂の前に辿り着いた。その時はまだ、810年前の1201年に親鸞聖人がこの寺に100日間籠もり、仏教の修行者だけでなく、すべての人々を救う道を求めて苦悩した場所だとは知らなかった。

95日目、親鸞の夢の中に聖徳太子の姿をした救世観音が現れ、その導きによって親鸞は浄土真宗を開くことができた。

興味深いことに、その翌年の1202年、栄西という別の僧侶が京都の中心に建仁寺を建立した。その周囲には今も茶の木が育っている。中国から帰国した栄西は抹茶の製法を日本に伝え、日本全国にお茶を広める重要な役割を果たした。

六角堂の境内には、人々を助けるためにそれぞれの道を歩む、多くの地蔵さんがある。今思えば、彼らは私を仲間に誘っていたのかもしれない。

六角堂の門を出て数分歩くと、「ちきりや」と書かれた茶舗に行き当たった。中に入り、店主の若林氏に出会った。

彼は親切に、煎茶から玉露まで宇治の様々な茶を淹れてくれ、日本茶の種類や淹れ方について手短に教えてくれた。その独創的で深い味わいに大きな衝撃を受け、「ちきりや」を出る時には、日本における自分の使命は「最良の日本茶を世界に広めること」だと確信していた。

まずは、二つの課題を解き明かす必要があった。

お茶とは何かを理解すること

最良の日本茶とは何かを理解すること

お茶、あるがままに

お茶とは何か。一般に麦茶、カモミールティーやシーベリーティー、イワン・チャイ、ハイビスカスティーなど、ハーブや他の植物を煎じたものも「茶」と呼ばれることが多い。しかし、厳密な学術的意味において、これらは「非茶系飲料」、すなわちティザン(ハーブティー)と呼ばれるものである。

本書で語るのは、厳密な意味での「お茶」についてである。つまり、茶の木(学名:カメリア・シネンシス)の葉、あるいは茎から作られる、美味しく健康に良い飲み物のことだ。

お茶を作るのは、極めて簡単である。茶葉を蒸す(パルチャ)必要さえなく、また自分自身も、いわゆる「蒸される(パルッツァ/思い悩む)」必要はない。ただ、例えば日本や中国、あるいはラオスの山中で、野生の茶の木を見つければよいだけだ。

茶は温暖な気候を好み、降水を歓迎する植物である。そのため、寒冷な気候や雨の少ない国で育つことは、断固として拒否する。

また、茶は常緑樹であるため、心配はいらない。葉は一年中そこにある。冬眠から覚めた膨らんだ芽から、若く瑞々しい茶葉が芽吹く4月や5月を待つ必要はない。それがいわゆる「新茶」である。

新茶は「一番茶」とも呼ばれる。その年で最初の「初物」であり、若さゆえの繊細な香りと豊富な栄養素によって、最も品質が高いとされている。

最も早い新茶、いわゆる「お走り新茶」は、日本の最南端に位置する鹿児島県の種子島や屋久島で、3月末にはすでに収穫される。

3月末から冬眠に入る11月末にかけて、日本の南部では最大5回まで茶の収穫が可能である。より北の県では、せいぜい2回から3回だ。茶の木の自然な生命力を消耗させないよう配慮する茶農家は、年に1、2回しか収穫を行わない。そうすることで、味わいはより深くなる。

茶は一年中育っているため、場所さえ知っていれば、冬に山へ入って茶を作ることも可能だ(冬の茶は「寒茶」と呼ばれる)。冬の茶葉は「古い」、あるいは「大人」の状態であり、大きく硬くなっている。しかし、それらも十分に茶として成立する。太陽を浴びて硬くなった大人の葉から作られる茶は、「番茶」と呼ばれる。

大人の葉は、大人の人間と同じである。若いものより劣っているわけでも、優れているわけでもない。ただ「違う」だけだ。それらは「若者」と共に、一つの茶の木という全体を構成している。まるで仲の良い家族の子供と親のように。それらは鶏と卵のように、分かちがたく結びついている。一方がなければ他方もなく、すなわち「お茶」も存在しない。このことは、本書の鍵となる思考へと我々を導く。

「茶葉が成長するにつれて、その品質は低下するのではなく、変化するのである」

8世紀の『茶経』から現代の教本に至るまで、出版されたあらゆる茶の思想は、「茶葉の品質は成長とともに低下する」というドグマ(教条)化した定説を中心に回っている。この視点の幻想性を証明することが、本書の目的の一つである。

お茶を包括的に、「禅の眼鏡」を通して見るならば、我々は「若葉(最高品質)対 大人の葉(低品質)」というステレオタイプな茶の二元論を克服できる。そして、それぞれの葉にある特別な趣、すなわち独自の品質を見出すことができるだろう。

春だけ、あるいは秋だけを愛する人々にとって、生きることは困難だ。お気に入りの季節を待つあまり、他の世界の驚異を見過ごして退屈する必要がどこにあるだろうか。世界を白と黒に分けることは「執着」を生み、それこそが苦しみの主な原因となる。

自由になるほうが、簡単ではないだろうか。世界を二つに割る二元論的な思考に別れを告げ、悟りに達するほうが簡単ではないだろうか。今この瞬間を生き、それぞれの季節、それぞれの茶葉の中に、二度とない美しさを見出すのだ。禅の教えに「柳は緑、花は紅」という言葉があるように。世界を、あるがままに見るのである。

古の茶を作る

お茶を作るのは難しいと思われがちだが、茶の木をあるがままに見れば、実はお茶はすでにできていることに気づく。お茶を作ったのは自然であり、人間はそれを自分の好みに合わせて少し加工し、用意するだけなのだ。

さて、あなたは山に入り、茶の木を見つけたとする。仮に、あなたが茶の木と同じくらい野性味あふれる古代人だとしよう。あなたは猛然と、茶の木から枝をへし折る。茶という植物は強力な再生能力を持っているから心配は特にいらない。時が経てばまた新しい枝が生えてくるから。

そこから先は好みの問題だ。例えば、ベトナムの一部の愛飲家たちは、今でも極めて原始的な方法でお茶を作っている。生葉を20-30分ほどお湯に浸しておくか、あるいは数分間煮沸して、茶に含まれるカテキン、ビタミン、アミノ酸、カフェインなどの成分の抽出を早めるのだ。

もしあなたが真に野性的であるなら、沸騰した湯の入った器に枝ごと放り込み、数分後にはその煎じ汁(煎じ茶)を飲むこともできる。これは緑茶だろうか、それとも紅茶だろうか。これはまだ「何者でもない」茶、つまり生の茶であり、いかなる学術的な分類にも当てはまらない自由なお茶だ。

しかし、この「何者でもない」茶は、すでにお茶としての主要な生理的・社会的機能を果たしている。気分を爽快にし、喉の渇きを癒やし、マンモス肉を流し込むのを助け、身体に栄養を供給する。危険な狩りを前に、部族の絆を深めるために野生の仲間たちに振る舞うこともできる。

生茶の味は、文字通り「生」であり、好みは分かれる。生の草特有の鋭い臭いを嫌う人もいるだろう。その臭いを取り除くために、人々は茶を萎凋(いちょう)させることを学んだ。空気にさらして少し乾燥させ、酸化させる。こうして「白茶」が生まれた。

だが、もし今日の夕方にマンモス狩りを控えているとしたら、翌朝にのんびりと白茶を楽しめる確率は、望みよりも少し低くなるかもしれない。

幸い、草臭さを素早く消す方法がある。加熱処理によって「殺青(さっせい)」を行うことだ。殺青は緑茶製造における重要な工程である。生葉を、例えば古代の石鍋の上で外から熱した蒸気によって処理することができる。

あるいは、茶葉自体に含まれる水分を蒸気として利用することもできる。一掴みの茶葉を熱した金属の釜に入れ、焦げないように手で素早くかき混ぜるのだ。

熱い金属から伝わる熱が葉の中の水分を温め、葉の中に生きている酸化酵素に熱を伝える。高温が酵素を失活させ、茶葉の酸化プロセスを遅らせる。囓ったリンゴのように茶色くなるのを防ぐのだ。

「殺青(固定)」は単に草臭さを消すだけでなく、酸化(発酵)の進行を止め、茶葉の緑色と有用な成分の大部分を自然な形で維持する。いわば、茶葉を「ミイラ化」させるのである。

収穫直後の殺青は、茶をあるがままの姿――生きた緑のまま――に保とうとする試みである。直ちに発酵を止めなければ、空気中で茶は発酵し、まずは半発酵茶(烏龍茶)に、そして強発酵茶(black tea、中国の分類では紅茶)へと変化していく。

鉄釜で行う「釜炒り」の手法は、しばしば「roast(焙煎)」と訳されるが、この翻訳は正確ではないと考える。茶葉を焙じているのではなく、加熱処理、つまり「殺青」しているからだ。その結果できるのは、ほうじ茶のようなものではなく、緑色の「釜炒り茶」である。

私は、この「釜炒り茶」をロシア語で「釜茶(カトラヴォイ・チャイ)」と訳すことを提案している。今日、中国の緑茶のほとんどは釜炒り法で作られている。日本では「釜炒り茶」は主に九州地方に残るのみで、そこですら、近代日本の主流である蒸し製緑茶――煎茶――にほぼ完全に取って代わられてしまった。

しかし、古代の野生の茶の山に話を戻そう。私たちには釜も鍋もない。まだ発明すらされていないのだ。だが、私たちはすでに火打ち石で火を起こすことを知っている。火の上で茶の枝をかざし、炎で丁寧に炙ることで、不完全ながらも殺青を行う。

葉がひどく焦げないように注意し、数分もすれば「青臭さ」は消え、生の草の臭いは緑茶の繊細な香りに変わる。ところどころ少し焦げた匂いがするかもしれないが、特に問題なし。緑茶の完成だ!

次に、古代の土器を火にかけ、いにしえの水を注ぎ、火で固定した葉を放り込んで数分間煮る。

「あぶり茶」の完成だ!

どうやら、この「あぶり茶」は最古の茶の形態として、8世紀の陸羽『茶経』に記された主要な四種の茶の一つとして登場しているようである。

「茶に四種あり。曰く、觕茶、散茶、末茶、餅茶なり。

觕茶は斫(き)り、散茶は煮(に)、末茶は炙(あぶ)り、餅茶は搗(つ)く。」

青木正児氏(81頁)や石田雅彦氏は、觕茶を「番茶の一種」と見ている。

布目潮渢氏は次のように記している。「『茶経』「觕茶」 觕(cū)は粗(cū)に通ず。『広韻』模韻に、「粗は大なり、疏なり、物精ならざるなり、或いは觕に作る」とある。觕茶は以下の『茶経』の文に「斫(き)って作る」(原文は「乃斫」)とあり、これは茶の葉を採まないで、枝ごと切り、おそらくそのままあぶって、葉を湯にいれ、沸騰させて飲む、もっとも原始的な飲み方ではなかろうか。

以前に武漢にて茶工場を参観した時、工場の外側の壁に茶が葉のついたまま枝ごと立てかけてあるのを見たことがある。」(茶経、190頁)

こうして、私たちは香ばしい「あぶり茶」を堪能した。では、あなたの後に続いて野生の仲間たちが折り、火で炙った他の茶の枝はどうすべきか。保存性を高めるためには、緑茶をよく乾燥させ、葉の内部に残った水分を取り除くのが望ましい。

中国人は釜炒り茶をそのまま釜の中で温度を下げながら乾燥させ、日本人は(棚)乾燥機を使うが、私たち古代人は、洞窟の入り口の日当たりの良い場所に茶の枝を広げる。そして、明日もまた香ばしい「あぶり茶」を楽しめることを願いながら、皆で仲良く狩りに出かけるのである。

あぶり茶の、荒々しく、田舎風で野暮ったい茶葉は、茶屋で売られている繊細で整然とした針状の煎茶とは全く似ていない。どちらもカメリア・シネンシスから作られたお茶であるにもかかわらず、それらは味や外見だけでなく、込められた意味の根本的な部分において大きく異なっている。大石貞男は次のように記している:

ヤマチャの枝をとって火であぶっただけで湯を加えて飲むという始原的な利用法、茶を刈りとって陰干しておき、飲むに必要なだけほうろくで炒り、湯で煎じて飲む方法、さらに煮る、炒る、蒸すという第一工程の多彩さ、雲南、ビルマ、タイなどと共通性のみられる後発酵茶や、茶を摘む時期も春はもとより、夏秋冬に一回だけ葉をとって、それぞれ季節にあった加工法をとるなど、西南部中国や北ビルマの方法との密接な類似性を感じさせられる。それらは、主として京都において製法が洗練された抹茶や、蒸製煎茶と比較すると、さらにその古さを思わせ、軌を異にするように見えるのである。p. 57-58 健康食お茶

大石氏は、お茶の発展における二つの主要な方向性を指摘している。第一は、番茶に代表される、自然の日常化の道である。第二は、人工的な手法によって味と形状を強化する高級化の道である。これら二つの種類は、それぞれ独自の特性と機能を持っている。様々な生活シーンにおいて人間と関わることで、それらは「茶文化」と呼ばれる一つの体系を形成している。

3. 二つのお茶、二つの品質

古来より、お茶の中には二面性があることが気づかれていた。それは、日常生活に根ざした成熟した大きな茶葉(番茶)と、非日常的で高級な若芽(新茶)という、対極にある二つの極への分化である。これは、互いに補完し合いながら一つの全体を構成する「陰陽」という二つの相反する原理に他ならない。

陸羽の『茶経』は、古代の辞典『爾雅(じが)』(紀元前3〜2世紀)を引用している。

「早く採るのを茶といい、遅く採るのを茗(めい)という」。

林栄一は『日本のお茶。II:お茶と生活』(1988年、26頁)において、日本茶の主な消費パターンを二つに区別した。『嗜好性飲料、あるいは習慣的な飲料として飲まれるようになっているお茶』。大石貞男は『嗜んで飲む』お茶、と『生活必要品的に飲むお茶』、小川誠二は『日常茶飯というように毎日飲用しているお茶と味うお茶 』

大石貞男は、茶を『嗜んで飲む』もの」と「生活必要品的に飲むお茶」に分けた。小川誠二もまた、二つの主要な形態を挙げている。『日常茶飯というように毎日飲用しているお茶 』と「味わうお茶」。

1976年の日本茶の教科書の中で、茶の持つ二面性が次のように巧みに指摘されています。「お茶は嗜好性の強い必需品です」。p. 106

谷本陽蔵は、飲み方によって茶を「通のお茶」と「暮らしのお茶」の二つのカテゴリーに分けた。自著『お茶のある暮らし』の中で、彼は両者の特徴を詳しく述べている。

『すなわち嗜茶や啜茗 (茗はお茶の別称、くわしくいえば比較的大きくなった茶葉でつくった晩茶に近いお茶のこと)は、口に含んで味わうというような深い意味ではなく、むしろ大きく口をあけて日常の暮らしのなかでお茶を飲むという軽い意味であろうと思う。言い換えれば、食事のあとのお茶、喉が渇いたとき何杯もおかわりして飲むを意味すると解した方がよいようだ。

さて日本語の飲茶は文字通りお茶を飲むことであり、私はこれを喫茶と区別しなければならないと考えている。喫茶とは、飲むことには違いないが、あれやこれやお茶の品定めをし、自分の口に適したものを求め、いれ方にも蘊蓄を傾け、お茶の香味に重点を置き、例えばお客を招いて、得もいわれぬうまい高級茶をたがいに楽しみ合うといったお茶好きの、いわば通の飲み方をさすもの、いわゆる吟味のお茶なのである。

かたや飲茶とは、いわゆる日常生活のなかでのお茶であり、香味についてそんなにわずらわしいことをいわないで、気取らずにおいしく何杯でも飲むことのできる暮らしのなかのお茶であり、大衆茶を意味する。

もちろん何杯も飲むからには、香りの高いうまいお茶でなければならず、決して本来の香味を無視したお茶を意味しているわけではない。香りの高い喉ごしの良いお茶であるのは当然で、まずいお茶なら何杯もおかわりしないことはわかりきったことだ。ただたんに渇きを癒すだけのお茶なら、何杯も飲む魅力に欠けるし、それなら水でもよいはずだ。飽きずにいつでも、それでいて経済のこともそれほど考えずに飲めるお茶である。』pp. 76-77、お茶のある暮らし、谷本陽蔵、2012。

最近、日本茶の聖地である宇治市の歴史資料館で開催された展覧会の図録を手にした。2015年秋に開催されたその展覧会の序文には、日本一とされる宇治茶の本質を捉えるだけでなく、その二面性を通じて茶を理解するための枠組みが示されていた。以下にその一部を引用する。

「日常の茶 非日常の茶

日常茶飯というふだんごく普通に、あ

たりまえにおこなっている事どもをさす。か

つて村びとたちは、みずからの屋敷や畑の一

隅に茶を植え、その土地にあった方法で茶を

つくり親しんできた。次第に商品としての茶

が普及していくとは言え、こうした営みは全

国各地で見られた。

一方、宇治茶は、一貫して非日常の茶である。

安土桃山時代、大名や貴族、豪商たちにもて

はやされて早くに名声を確立する。江戸時代

なかば青製煎茶が流行し、三都と呼ばれた京・

大坂・江戸をはじめ都市部で高級な茶をたし

なむ人びとが増える。

世の中が豊かになり非日常を楽しむ層が拡大するにつれ、

茶どころとしての宇治の名が広く深く浸透していった。」

宇治茶は、その芳醇な香りや深い味わい、美しい外観にもかかわらず、大衆への普及には限界がある。それはまさに、高価格を伴う「高品質」ゆえである。

このような品質は「非日常の品質」と言える。宇治茶はその質の高さで有名だが、濃厚な旨味やその他の利点の裏には、客観的な矛盾が隠されている。宇治茶は第一に高級品であり、春の若芽を使い、通常は被覆栽培を行い、多量の肥料を施し、熟練の職人が丹念に仕上げる。これらすべての特徴が宇治茶の付加価値を高めるが、同時にコストを大幅に押し上げ、大衆への普及を阻む自然なブレーキとなってしまう。

問題は価格だけではない。宇治茶特有のアミノ酸豊富な濃厚な旨味は、喉の渇きを癒やすのには向かず、また日常の食事にもあまり合わない。そのため、上級茶は一般の人々の日常生活には適さないものとなっている。つまり、非日常的な「高級品質」は絶対的なものではなく、人間のニーズの一部しか満たせないのである。

上級茶は、時折単品で、あるいは菓子と共にゆっくり啜って楽しむには良い。しかし、喉の渇きを癒やし、価格を気にせず食事と共に飲むという、ありふれた日常の場面では、突如として不発に終わる。そのために日本茶の「第二の顔」である日常茶、すなわち番茶等が存在するのである。

抹茶の原料となる「碾茶(てんちゃ)」を作る宇治の農家たちは、経済的に豊かであり、あらゆる高級茶を自由に飲める立場にあるが、日常生活で抹茶や玉露を飲むことは稀だ。彼らが好むのは、素朴な京番茶やその他の番茶である。

抹茶や玉露が「最高品質」とされるなら、なぜ彼らは番茶を飲むのか。まして番茶が「下級茶」とされているのであれば、なおさら不思議ではないか。明らかに、抹茶や玉露の高級品質は絶対的なものではなく、人々があえて番茶を選ぶための「別の品質」が存在するはずである。

茶が二面性を持っているにもかかわらず、ここ数百年、日本茶の品質はたった一つの基準、すなわち「高級性(洗練性=旨味、形状、若葉の香り)」のみで評価されてきた。

例えば、トラックとスポーツカーを「速度」という基準だけで判定すれば、トラックに勝ち目はない。低品質な車と見なされるだろう。残念ながら、日本茶の品質評価の現状はまさにこれと同じである。上級茶も日常茶も、すべて「高級性」という一つの物差しで測られている。

このような偏った評価の結果、旨味も新芽の繊細な香りも、針状に細く寄れた茶葉の美しさも持たない番茶は、「下級茶」という不本意な場所へ追いやられている。

『煎茶入門』(1990年)には、番茶について次のような記述がある。

「一番茶の芽の硬葉したもの、または一番茶の上質の茶をつみとったあとの葉で作られるお茶で、いちばん下級のお茶ということになりますが、番茶特有の風味もあり、見のがせないお茶です。」(20頁)

いささか曖昧な言い方ではないだろうか。見のがせないと言うのなら、なぜ「下級」というレッテルを貼られたのか。これは、トラックがF1レースに出ないことを責めるようなものではなかろうか?

日本茶に関する書籍では、番茶は下級茶であるが、それなりの価値があると書かれることが多い。この表現は極めて矛盾している。価値があるお茶を、下級茶と見なすべきなのか。まずは、この「下級茶」が持つそれなりの価値を明らかにしてみよう。

4. それなりの価値

現代の番茶は、煎茶の大葉版へと変化し、以前よりもさらに便利になったのである。抽出を早めるために煎茶と同様に揉まれており、急須に入れた番茶に熱湯を注いで1分ほど抽出するだけで十分である。

40〜50年前までは、多くの日本人が「昔ながらの方法」で番茶を煮出していた。急須で淹れる方が煮出す手法より優れているとは言えない。どちらの方法にも利点と欠点があるからである。煮出すのは手間がかかるが、茶葉から成分を最大限に引き出せるため、最も効率的で経済的な抽出方法なのとである。

『もっとお茶を見直そう!』の著書の中で、蛭田泰代は番茶の魅力について語っている。

«番茶は手軽な飲みもの

娘十八番茶も出花というのは、番茶も一煎めは非常においしいように、どんな女性でも十八にもなると急に女らしくなるというたとえである。番茶にしてはいささか賞められているのかけなされているのかわかりにくいが、番茶は決して一煎めだけを飲むお茶ではない。むしろ常備茶ともいった方が適切ではなかろうか。

京番茶といわれるのは京都地方での飲み方で、やかんに湯をわかして番茶を入れ、それをさらに煮たててしまう。最初は熱い番茶を飲むことになるが、一回でやかん一つ飲みきれないからといって捨てるなどということはしない。冷めるにまかせておいて、のどがかわいたら気楽に飲むわけである。

夏などはやかんのまま冷蔵庫に入れておくと麦茶の代用にもなるというわけで、非常に重宝といえる。特に忙しい家庭ではなかなかよい方法である。

弁当もって一家総出で野良にでかける農家でも忘れてならないのは番茶の葉と大きなやかんである。昼めしどきには、簡単なカマドを手早く作り、近くから水をもらってきて、湯をわかす。そして番茶をつくって昼めしを食べるのである。三時の休けい時間には、その残りをのんでもいいし、新しく作ってもいいのである。

とにかく番茶ほど手軽に、肩をこらさずに飲めて、おいしいものも珍しい。しかも安いときている。どんな家庭にも緑茶がゆきわたった原因は、とりもなおさず大量に番茶が生産されるようになったからではあるまいか。文字通り一家団欒の潤滑油の役割を果してきた。

現在でも緑茶と考えて飲んでいる家庭でもじつは番茶と同じような飲み方をしていると考えてよい。食後のお茶、漬物といっしょに飲むお茶などすべて番茶と思って間違いない。

もし、漬物といっしょに飲んであんまりぴったりこなかったら、それは番茶ではない。番茶というのは黄味がかった茶色をしているが、その色の系統のお茶には漬物が合うわけで、その代表格が番茶ということになる。

その反対に、お菓子とよく合うのは緑色系統の玉露、高級な緑茶ということになる。» 61-63, もっとお茶を見直そう、蛭田泰代。

中村公一は著書『お茶』でこう書いている。

«番茶は高級煎茶と較べて甘みに欠けるため、品質の劣った安価なお茶と思われがちですが、番茶には番茶ならではのよさがあります。味わいがさっぱりしているので、お酒を飲んだ後やスポーツの後、渇いたのどを潤すのに最適。漬物といっしょに味わう番茶の味も格別です。

味の濃い高級煎茶に慣れている人が、食事の後に熱い番茶を飲むと、お茶の奥深い世界を発見したような気分になるといいます。» p. 18-19

歴史を通じて、番茶は日本茶文化の形成と普及における重要な役割を担ってきた。番茶こそがあらゆる家庭に浸透し、数百年にわたって日本人の日常生活に定着したからである。番茶は国民的な茶文化の基盤であり、それゆえに番茶独自の役割を理解せずして、日本茶の奥深い世界を理解することは不可能である。

1970年代初頭の高度経済成長の波の中で、番茶は「より高品質」とされる煎茶によって積極的に追いやられ始めた。番茶は「煎茶に及ばないもの」、すなわち安価で古臭い、低品質な茶と見なされるようになったのである。

とりわけ、伝統的に茶色であった番茶は、水色の美しさにおいて緑色の煎茶に劣っていた。皮肉なことに、日本語の「茶色」は文字通り「お茶の色」を意味しており、歴史的には番茶と日本茶という概念が同一視されていたことを示している。

ほぼ同時期に、いわゆる日本人の「お茶離れ」が始まった。多くの者は、その主な要因として食習慣の欧米化や多種多様な競合飲料の登場といった外部的要因を挙げている。

しかしながら、最大の原因は茶文化そのものの変質にあると考える。すなわち、番茶類(番茶の諸形態、釜炒り茶など)といった日常茶の価値低下と生産縮小である。

この状況に最初に警鐘を鳴らしたのが、茶文化研究家の小川八重子であった。彼女は「常茶」という言葉を提唱し、常茶という概念とその特別な価値に対する人々の関心を喚起した。

その夫である小川誠二は、茶の品質を単一の基準(高級性)のみで評価してはいけないと指摘している。彼はお茶を「あれかこれか」という狭い枠組みから、「あれもこれも」という多様な価値観が共存する自由な世界へ解き放って、二元的な評価を提案している。

«一口啜って味わうのもお茶ですが、ガブガブ飲んでいくらでも飲めるというのも、それなりの価値のあるお茶です。

商品としての価値は低くても、保健飲料としての評価が、飲む側にとっては、より重要な要素ではありませんか。

緑色の茶と、茶色の茶。嗜好飲料としての茶と、保健飲料としての茶。二つの異なった山があっていいのでしょう。夫々違った価値判断の規準があってよいと思います。茶色の茶だから安物と決めつけることはできない筈です、と私は考えています。「茶の色は緑色といった考え方が主流を占めている片方で、色に余りこだわらない現実もあります。» p. 72-73

禅僧のように、小川誠二は、多くの人が「真の品質」の唯一の担い手として色(形)に執着しがちであることに対して、注意を促しているのである。»

小川八重子は、日本各地の常茶を研究する中でそれらの特性を明らかにし、著書『暮らしの茶』(1975年)において次のように列挙しているのである。

1、子ども用には 苦くも渋くもない茶 食欲をます茶

2、お年寄りには 刺激性の少ない茶

3、中年には 血圧があがらないようにする茶 糖尿病にならないようにする茶 肥らないようにする茶

4、女性には 体を温める茶

5、菓子に合う茶(砂糖味)

6、洋菓子に合う茶(脂肪)

7、のどがかわいたときガブガブ飲める茶

8、茶の味をじっくりと味わえる茶

9、茶めし 茶漬け 茶がゆ用の茶

10、肉料理に合う茶

これらの特性のすべては、高級茶においては十分に発揮されていないものである。それらは渾然一体となって、日常茶特有の価値と見なすべき集合体を形成している。では、その価値とは一体何であり、どのように呼ぶべきなのだろうか。

それは、上述したすべての「下位価値」を包含する、より高次の包括的な価値であり、お茶を日常のものたらしめる価値である。これを「茶の日常性」という言葉で定義することとするのである。

5. 茶の日常性と洗練性

茶の日常性とは、お茶が一般の人々の日常生活に溶け込む(密着する)能力のことである。お茶の顕著な健康効果は、その常飲によってのみ可能になるという点を踏まえれば、茶の日常性は、お茶と人間の身体的・精神的な健康を結ぶ極めて重要な架け橋となるのである。

茶の日常性は、決して生まれ持った不変の特性ではない。それは、お茶そのものと同様に、茶樹とその葉を「手なずける」ことに向けられた何世代にもわたる自覚的な努力の結果、生み出された文化的産物なのである。

一国全体のレベルにまで達し、社会のあらゆる層に浸透した茶の日常性は、国民茶文化の主要な目的であると同時に、その存在を示す指標であると言っても過言ではない。

例えば、日本の茶文化の発達水準は、京都で執り行われる華やかな茶の湯によって判断されるべきではなく、ごく普通の日本人が日々、自宅で飲んでいる(あるいは飲んでいない)お茶の質によって判断されるべきものなのである。茶究学者である布目潮渢は、次のように指摘しているのである。

«唐代において、喫茶は一般常民にまで普及し、塩と並ぶ生活必需品となった。»p. 223, 中国喫茶文化史。

これは、我々の見解によれば、茶が«比屋ひおく(軒並み)»の飲み物となったという、中国における茶文化の確立を示すものに他ならない。中国の茶文化は唐代に形成され、宋代に全盛期を迎えたと考えられている。

日常性は番茶だけの専売特許ではないが、番茶においてそれが最も顕著に表れている。あらゆる茶の種類や銘柄は、「日常度が高く(洗練度が低い)茶」から「日常度が低く(洗練度が高い)茶」までの広いスペクトルとして捉えることができる。

洗練性とは、喫茶を特別な非日常的な体験へと変える、茶が本来持つ性質のことである。なお、洗練性は必ずしも味や香りの強さに結びつくものではなく、繊細さや控えめさの中に現れることもある。

香味の濃厚さを強めることや、加工技術によって茶の形状を変化させることは、商品やステータスとしての魅力、すなわち「高級性」を生み出す。したがって、高級性は洗練性と一致するものではないが、しばしば混同され、最高品質の証として認識されることも少なくない。

洗練された茶の例としては、早春に収穫された川根の山間部産の自園自製の農家の煎茶が挙げられる。

これに対し、例えば多量の肥料を投入し、針のように細く寄れた強されたエレガントな形状を実現した場合、それは「高級茶」となる。この移行の過程で洗練性は高級性へとシフトすることがある。これらの概念の境界は曖昧であり、実際には互いに入れ替わることが多い。

一方で、高級性は洗練性の延長ではなく、その模倣である場合もある。形状は高級であっても、収穫時期やテ産地の面で洗練性を欠く茶も存在する。高級性の無制限な追求は品質の低下を招き、同様に、日常性の極端な強調は、その貧弱な形態である「実用性(ユーティリティ)」へと行き着く。

茶の品質は、陰と陽の力の合理的な比率、すなわちバランスから生まれる。あらゆる高級茶には日常性の要素が含まれるべきであり、あらゆる日常茶には洗練性の基盤が不可欠である。日常性によって均衡が保たれていない無機質な高級茶は、洗練性を完全に欠いた日常茶と同じく良質なものとはいえない。

茶の洗練性と日常性は、品質が顕在化する二つの主要なモードであり、高級性と実用性はそれぞれの極端な形態である。

一方の極には、肥料を過剰に与えられた高級煎茶、玉露、抹茶があり、もう一方の極には、茶葉本来の形状を失ったペットボトル入りの茶飲料がある。安定的で「複合品質」は、これら両極の間の組み合わせの中に存在し、茶における一種の「中道」として説明できる。

ちなみに、粉末茶である抹茶は、その性質上、食品と飲料の中間的な存在であり、薬としての特性も強く現れているため、日常度は低い。抹茶は伝統的に高価な上級茶と見なされている。

しかし、抹茶の中にもスペクトルは存在する。特別な儀式のためのより高級な種類(濃茶)もあれば、日常的な抹茶(薄茶)もある。日常性と洗練性の無限の連続的な組み合わせにより、茶を固定化された二極の対立としてではなく、絶えず変化する多様性と統一性の中で捉えることが可能になる。

我々が提案する「日常性」というカテゴリーを「洗練性」と並んで用いることは、茶を格付けするだけでなく、多種多様な茶を意識的に生産することを可能にし、現在苦境にある社会と茶の関わりの体系である「茶文化」を豊かにし、強化することに繋がる。

長い間、高級茶の影に隠れ、独自の用語を持たなかった茶の根本的な価値が、ようやく日常性という公式な名称を得た。これにより、消費者も生産者もその価値を認識できるように望まれる。

「茶の日常性」という概念の導入により、日常的な日本茶が重要な文化的財産としてより客観的に評価され、一方的で差別的な品質評価から解放されることを期待する。それは、茶文化の基盤である日常茶のさらなる発展への大きな刺激となるはずである。

番茶類とその派生茶は、今日でも依然として低品質あるいは中品質のものとして軽視されており、それが生産と消費の大きな妨げとなっている。

番茶の劣等感は社会意識に未だに深く根付いている。生産者が番茶の長所を強調しようとする試みは、その「低品質」を言い訳しているように聞こえてしまう。

お茶のイベントに遅れて到着すると、農家から「すみません、番茶しか残っていません」と言われることがある。これは傍目には非常に卑屈に聞こえる。しかし今や、茶農家は品質の確かな指針を手にし、誇りを持って「皆様のために日常度の高い番茶を作らせて頂きました!」と言えるようになる日が一刻も早く来て欲しい。

6. 二つの茶、二つの味

茶の二面性は、その味の二面性に表れている。高級茶の味わいが深みと濃厚さを特徴とする一方で、日常茶に共通する特徴は、爽やかな後味と「喉ごし」の良さである。スッキリ爽快な香りは、爽やかな後味とも切り離せないものである。

実際には、これら二つの香味の対極は決して切り離されて存在するものではなく、個々の茶の統一された味の二部を成しており、茶の種類によってそれぞれの強度は異なっている。

伝統的に日本茶の品質評価は、その濃厚な味わいに偏っており、爽やかな後味は旨味に付随するものとして評価されるに過ぎず、独立した価値を持つものではない。

小川八重子は、日常茶とその軽やかな味わい、正当に評価されていない価値にいち早く着目した一人である。彼女は次のように述べている。

お茶のよしあしを決める基準として、“うまみ”と“こく”ということがいわれています。うまみとこくのあるお茶がいいお茶だというのです。うまみは、アミノ酸の含有量に左右されるといわれます。(…) もう一つ、甘くなくても、濃くなくても、さっぱりとして、さわやかな香りがあって、何杯も飲みたくなるようなおいしいお茶がある。それもいいお茶といっていいのではないでしょうか。 p. 218-219 小川八重子の常茶の世界

小川八重子は、茶の味の二重性を指摘しただけでなく、評価の問題をも提起したのである。

«おいしいお茶”とは、どんなお茶をいうのでしょうか。玉露のように、口中にもったりと甘く感じるのがおいしいのか、はっきりとおいいしいとは表現できないけれど何杯でも飲みたいと思うのがおいしいお茶なのか。この二つにわけて考えるとすれば、ばん茶は、どうも後者に属するお茶のようです。»p. 27-28 小川八重子の常茶の世界

小川八重子は、常茶の味において、味覚の享受以上に人間の生理的欲求の充足を見出したのである。彼女は「体が欲求するお茶」について記していた。

2001年、八重子の没後、彼女の夫は茶の味の生理学的側面を『月間茶』の連載記事「飲み手の言い分」の中で詳述した。以下に、その記事の一節を引用する。

おいしいということ

現代喫茶人の会・代表理事

小川誠二

「おいしいお茶が飲みたい」、一九九六年波多野公介さんが発表された著作のタイトルです。おいしい茶は、波多野さんだけでなく世の中の多くの人々の望みです。だからこそ、“おいしいお茶のいれ方教室”が、あちらこちらで開かれることになるのでしょう。

もともと、お茶は、1000年を越えて飲み続けられているのです。人はどうしてお茶を飲んできたのでしょうか。おいしい、からでしょうか。おいしいと思う、からでしょうか。体がほしいと要求したからでしょうか。そう簡単に行かないようです。

おいしいと思うか思わないか、その時の身体の調子や感情のありように大いに影響をうけることのあるのは事実です。その上、もともと個人的な好き嫌いが関係するところも大きいようです。「ぬるいのは嫌い」とか「さっぱりしたのが好き」「芳ばしい香りのあるのがよい」等々。

すっぱい、にがい、あまい、からい、しおからい、を五味といいます。これに、うまみ、渋味を加える考え方もあります。味覚を説明する言葉です。飲食の世界には、味の素に代表されるような調味料というものがあります。そして、この味が、応おいしいということの標準になっているようでもあります。茶業界では、「味の決め手は、ウマミとコク」といった説明もなされています。

品評会などの基準に立つと、アミノ酸の含有量の多いのが、おいしいとなっています。全窒素量といった物差で計ることで決着つけられるものであれば大層好都合な話ですが、現実は、そうはいきません。

野や山を歩いて少し汗ばんだ時、湧き水をみつけて口にすると、誰しも、おいしいと言います。そのおいしさは、五味とか七味とかで説明できる程のものではないようです。生理的欲求を充たされて、おいしいと感じたのでしょうか。喉ごしのよさも決め手の一つ。»

『月刊茶』2001年11月号

分析の目的として、我々は茶の味を2つのタイプに分けることを提案する。主に味覚受容体によって感知される「味覚的な味」と、身体全体で感知される「生理的な味」である。

我々の見解では、半世紀前に小川八重子が追い求めた茶の普遍的な性質は、まさにこの生理的な味の中に現れるのである。

«あちこちの玉露に挑戦しているうちに玉露の味は、どうも私の好みにぴったりしないと思うようになりました。私には、もう少し軽くてさっぱりした味の方が合うように思えたのです。» p. 7 くつろぎの茶、1982

«おいしいお茶”というのは、甘くて、まろやかで、コク、うまみのあるもの」というお茶屋さんのいう基準が、一般的な常識になっています。

 おいしいというのは、嗜好の問題ですから、人によって、場所によって、時代によって、変化して当然と思うのですが、物には、そのものの持ち味というものがあるはずですから、その点で、普遍的な基準というものがあってもいいのでは、という気もします。» p 6 くつろぎの茶、1982

味覚的な味が、まず第一に茶の相対的な性質を表し、茶とその愛好家を分かつものである(「十人十色」)とするならば、生理的な味は、すべての人に共通するものである。なぜなら、彼らは等しく人間であり、理想的な飲み物である水に近い存在としての、茶の普遍的な根源を表しているからである。

相対である「味覚的な味」が、茶を味覚的愉悦の嗜好品とし、味のニュアンスや好みによって茶とその愛好家を分別する一方で、日常における「生理的な味」は茶を統合し、国民飲料という地位へと押し上げるのである。

消費者の視点から見れば、日常茶は「主茶」である。この用語は「主食」と「副食」という対比論理に基づいて我々が作ったものであり、日常茶の根本的な重要性を反映している。

同じ論理により、高級茶は二次的な「副茶」という地位を与えられる。

この観点では、茶の日常性、すなわち茶を日常的なものたらしめている属性の集合こそが茶の根本的な性質となり、茶の生理的な味はその基本の味、つまり「主味」となる。

味の洗練性は、その重要性にもかかわらず、基本的の味の拡張および延長である味覚受容体を通じた味を介して現れる上部構造に過ぎない。

葉茶(リーフティー)における基本の味の欠如は、ペットボトル茶飲料の普及と伝統的な茶の消費の急激な減少の主な原因となった。この問題は、すでに数年前から業界内部で認識されている。

7. 問題は?

2022年、リーフティーの需要減退を危惧した白井満は、『日本茶の未来を考える』という本を出版した。その中で彼は「一番茶の消費をいかに創るか」という問いに答えようとしている。白井は次のように記している。

1章で説明したが、日本茶は急須で飲むリーフの緑茶が減少し、比較的価格の低い秋冬番茶や二番茶の利用が多い緑茶飲料が増加している。また日本茶が中元、歳暮などの贈答用に使われる機会が少なくなっていることも、一番茶の利用が減少している要因である。

そのため一番茶の消費拡大の対策が課題であるので、実際にお茶を購入する女性や、これまでお茶との接点の少ない世代に関心を持っていただく必要がある。また食料品ギフト市場の経済規模は約6兆円程度と推定されているが、この分野で高価格帯のお茶の利用が少ない状況にある。

ふじのくに茶の都ミュージアムでは、2019年6月、日本茶の未来に向けお茶の新たな消費につながるよう、パッケージの工夫やギフト市場への参入などの視点から、茶の販売などの第一線で取り組まれている二人の女性が「高価格帯のお茶の消費をいかに創るか」のテーマで検討を行った。” p. 27

パッケージの改良やギフト市場への復帰に加え、白井は高級茶のレストランでのシェア拡大や、菓子とのセット販売によるプロモーションを提案している。

これらの施策はいずれも重要であることは疑いようもないが、本質的には二次的なものである。それらはマーケティングに集約されるものであり、問題の根源、すなわち我々の見解として「お茶離れ」の主因となった茶そのものの変質には触れていない。

品質向上への取り組みと同様に、消費拡大は茶業界の古いスローガンであるが、その裏には、本来の対象である消費者自身の意見に耳を傾けようとしない姿勢がしばしば隠されている。

2000年10月号の『月刊茶』において、「消費者の意見」という連載記事の中で小川誠二は次のように指摘している。

«茶業振興のために何を為すべきかというテーマになると、幾つか挙げました例のように、異口同音先ず、(消費拡大»ということになっています。茶業の活性化にかける茶業界の皆さんのご熱意ご努力のほどにはほとほと感心させられていますが私には、皆さんが意識しておられるわけはないのだけれども、わざと本質的なことを避けておられるのではないかと勘ぐりたくなるようなこともあります。

馬に水を飲ませようと池のほとりにひっぱっていっても、馬自体が飲む気にならなければ飲んでくれるものではない。といった話があります。

生産されたものは、消費されてなくなってしまわなければならない。でなければ次の生産が始められないわけですから、生産増大のため産業振興のため消費せよ。という理屈はわかります。しかし、消費拡大・消費拡大と押しつけられても、私ども飲み手にも、飲み手なりの主体性があるのですと主張したいのです。私は、自分たちの飲むことを、産業(生産・消費のリンケージ)の中の一環であると捉えてもらいたくはありません。»

小川誠ニは、その著書『茶を貞く』において、茶業界のこうした古い病についても触れている。

«27年ばかり前になります。農林省に畑作振興課長を訪ねました。酒費者の茶ばなれということが話題になり始めて間もなくの時であったので、話は自然と茶はなれに関することになりました。

茶業中央会の高野質さんは、当時畑作振興課に勤務しておられて、同席しておられました。

話の中で、課長は「われわれが一生懸命優秀な茶を作っているのに、ご費者は飲んでくれない。けしからんことである。一つ予算をとって国民を教育してやらなければならない。」と、事もなげに日にされたのです。私は思い上がりも甚だしいとあきれたのですが、その発言の基本にある考え方は、今も、茶業界の中に根強く遺っているのを感じます。

自分たちは良い茶を供給しているのに、消費者は飲んでくれない。それは、われわれの茶の良さが分からないからだ。良さをわからせたら飲んでくれる筈だとお考えになっているようです。

茶は健康にいい。ガンの増殖を抑制する等の薬用効果があることが動物実験で証明されている、等々。懸命にPRされる。おいしいお茶のいれ方教室を開いて、と、何とかご自分の茶を敏ませよう、買わせようと、あくせくしておられる。(茶を変えようと思わない。) (…)

消費者が自ら飲みたくなるようなお茶を作ってくださいとお願いしたいのです。魅力あるお茶、おしゃれなお茶がほしい。»

魅力あるお茶とは、一体どのようなものであるべきだろうか。

谷本陽蔵は、現代の一般の人々には、湯を冷まし、時間や湯量、茶葉の重さを計るといった、いわゆる「正しい」淹れ方の技術を守る余裕などないことをよく理解していた。お茶とは、熱湯で、誰でも簡単に、そして美味しく淹れられるものであるべきである。

谷本陽蔵氏が、月刊「茶」二〇〇五年、三月号の中で、次のような現代流茶造り待望論を掲げておられる。

『十年一日の如く古き良き茶作りを伝承しているのも結構だが?茶の形や色にこだわることなく無造作に茶を淹れる。保温ポットでお茶っ葉に熱いお湯をぶっかけるだけで、おいしい茶が飲める。そんな革新的な茶も作って欲しい。

手間をかけないでおいしい茶が得られる茶の開発こそ焦眉の急であろう』と。

特定の「理想の形」への執着を捨てることは、あらゆる問題を解決する上で最も重要な原則である。これこそが禅である。

結局のところ、正しい茶器選びが全てなのだろうか。茶器の問題は二次的なものであり、熱湯に対してあまりに敏感すぎる茶という問題から派生したものに過ぎない。

茶業界の人間は、気難しい茶が「絶対的な高品質の味」として格付けされた「旨味」を最もよく引き出す急須に執着するのと同様に、高級茶というものに執着している。茶のビジネスの全体が、旨味と、それを抽出するのに最も適した茶器を売ることで成り立っているのである。

茶の販売者は、急須を日本茶を淹れるための不可欠な道具であると考え、今日多くの日本人が急須を持っていないことを嘆いている。またしても、茶や急須を買わなくなった消費者のせいにされているのだ。

小川誠ニは、悟った禅僧のように問題の本質を突いている。

«業界の皆さん、どうしてそんなに急須にこだわるのですか。お尋ねしたい。

大勢の日本茶インストラクターの面々が、日夜日本茶の販売促進にと勢を出しておられます。その方達も、「おいしいお茶のいれ方」と、盛んに急須を持出しています。

急須を使わなければ、日本茶を賞味することは出来ないものでしょうか。業者の皆さんが茶の質を審査する際、急須を使っておられますか。専門家の間で茶の質を格付けする権威ある検査でも急須を使っておられません。急須が不可父であるというわけでないとよくご存知であるに違いありません。

古くから、販売拡張を目的として、消費者の意向調査をしきりとなさっているが、「急須を使うのがめんどうくさい」というのが第一の苦情でした。急須がリーフ茶販促の大ネックになっていることは明明白白でした。

一番販売の障害になっている物を除外してみようとお考えにならないのでしようか。

急須を使わない方法は、従来から幾つもあります。例えば、啜り茶碗・中国茶の蓋盃・紅茶ポット・ティーバッグ等、どんな器でも工夫次第で、茶の風味を十分引き出すことができるのです。» p. 72

このリストには、どんなカップやマグカップにも簡単に収まる茶こしも加えるべきである。これは非常に便利であると同時に、あらゆる茶を淹れる道具として、未だ過小評価されている。

主な問題は、香りのない、雑味や苦味が出やすい、熱湯を恐れる茶そのものにある。小川誠ニは、問題は茶器にあるのではないという結論に至っている。

«飲み手は、魅力ある茶であれは高容な体を支出することも、飲用に際してめんどうな急須を使うといった特別な心遣いをすることも、いとわない筈である。» p. 73

現代の茶に欠けている魅力とは、その「日常性」である。基本の味を担う良質な日常茶は、およそ半世紀前から日本人の生活から姿を消し始めた。波多野公介は、「安い煎茶が店頭から姿を消している」(174頁)と強調していた。

前世紀の70年代から80年代にかけて、大量の肥料や被覆栽培によって人工的に強められた、旨味の強い高価な高級茶は、文字通り消費者の喉に突き刺さり、多くの人々を日本茶から遠ざけることとなった。

しかし、基本の味は消え去ったわけではなかった。姿を変え、大きな犠牲を払いながらもペットボトル茶飲料の中へと「突破口」を見出し、貧相で実用な形態ではあるものの、失われた日常性を茶に取り戻したのである。

しつこい旨味や「正しい淹れ方」のルールに疲れ果てていた何百万もの日本人は、ようやく「喉を潤す」ことができたのだ。

濃厚な旨味は特別な時には良いが、日常生活において普通の人が求めているのは、安価で簡素、そしてカラシニコフ突撃銃のように堅牢で、ごくごくと飲める茶―すなわち「飲用性(飲みやすさ)」を備えた茶なのである。

8. 飲用性

「飲用性(飲みやすさ, drinkability)」は、飲料としての根幹をなす性質でありながら、いまだ十分に解明されていない重要な特性である。際立った味の濃厚さとは対照的に、飲用性とは、飽きを感じさせることなく大量に人体へとスムーズに浸透し、より広い意味では、速やかに吸収・排出されるという飲料の「目立たない」性質を指す。

飲用性は、茶において不変かつ当然備わっている性質ではなく、茶の品種、栽培方法、および加工工程に左右される。飲用性を失った茶は、飲料としての本質を失い、人間から遠ざかり、日常生活との結びつきを欠くことになる。

飲用性は、茶の日常性における根本的な性質であり、大きく成長した成葉において最も顕著に現れる。小川八重子氏は、日常茶である「常茶」の最も重要な特性として飲用性を挙げ、次のように述べている。

「常茶はまず飲みやすいことが第一条件です完熟した茶の葉で作ります。利尿作用があり、排泄をうながすので、これさえ飲んでいれば便秘しません。» p. 31 小川八重子の常茶の世界

飲用性は、前章で述べた消費拡大の鍵を握るものである。結局のところ、それらすべての消費量は、飲み手の喉を通過しなければならないからである。ここで重要なのは、茶の総処理能力は、茶自体の飲用性だけでなく、飲み手側とその状態にも左右されるという点である。

飲用性という特性が初めて正式に定義されたのは、ビール醸造の分野であった。醸造家たちは、飲用性と売上増加の間に直接的な相関関係があることを見出した。

ブラジルの研究者らは、その論文「ビールの飲用性:レビュー」の中で次のように述べている。

可能な限り多くのビールを販売することは、国や規模、販売するビールの種類を問わず、あらゆる醸造所の主要な目標である。醸造工程を崇拝し、ビジネスの商業的側面を無視しがちな情熱的な醸造家にとっても、販売は極めて重要である。「最高のビール」の定義は個人的なものである。マスターブリュワー(醸造責任者)の選択は、醸造技術に全く関わったことのない者の選択とはおそらく異なるだろう。

したがって、マスターブリュワーが最も好むビールが、必ずしも大多数の消費者に好まれるビールであるとは限らず、それは自動的に、そのビールが最も売れるビールではないということを意味する。ビールは売れなければならず、消費者がそれを楽しみ、次の一杯を待ち遠しく思うものでなければならない。つまり、ビールには「飲用性(ドリンカビリティ)」が必要なのである。2005, Beer drinkability — a review. Rubens Mattos and Roberto H. Moretti

この一節は、茶の品評会に代表される茶業界が評価する価値と、最終消費者が好むものとの間にある大きな乖離について、深く考えさせるものである。飲用性全般、およびその最重要指標である「のどごし」は、茶の品評会やテイスティングの場において、適切な評価を受けていない。

「のどごし」は、茶がいかにスムーズかつ抵抗なく身体へと「入っていくか」を示すものである。日本人の間で番茶やほうじ茶といった日常の茶が話題に上る際、味覚的な風味とは無関係に、「のどごしが良い」「体にスッと入る」といった味覚の味と縁のない表現が頻繁に用いられる。

茶の品評会や審査において、審査員は通常、カフェインによる酔いを避けるために茶を飲み込まず、専用の容器に吐き出してしまう。これは、オフロード車の走行性能を密閉されたガレージの中で試験しているようなものである。いや、それどころか、飲用性の比類なき王者である番茶クラスの茶は、そもそも品評会への出品すら認められていないのである。

ワインのテイスティングにおいても、同様の慣行が存在する。ジュール・ショヴェは、その著書『ワインの美学』において次のように述べている。

正しくテイスティングするためには、ワインを飲み込んではならない。口の中で転がした後に吐き出すべきである。これにより、吸収に伴う疲労を感じることなく、最大限の感覚を得ることが可能となる。p. 86

茶の品評会では、飲みやすさの指標の一つである「清涼感(香りを含む生理学的な味)」のみが認められている。これは、優れた「喉越し」を保証することが多いが、常にそうであるとは限らず、飲用性に関する完全な情報を提供するものではない。

茶品評会は、茶を第一に「静的な感覚」として評価する。しかし、日常生活、つまり台所において、茶は主に「動的な機能」として作用する。それは、茶全体の機能性、特にその飲みやすさの程度によって大きく左右されるものである。

日常茶は、単に美味しいだけでなく、機能的でなければならない。食事、仕事、スポーツ、会話、休息といった場面で人に寄り添い、かつ注意を逸らさないことが求められる。

茶は日々、人に仕えるためのものである。この「仕える能力」としての機能性、そしてその重要な構成要素である飲みやすさは、茶の品評会では適切に評価されていない。そこでは、自宅や職場での着用には適さないエレガントな衣装のファッションショーのようなことが行われているのである。

いまだに濃厚な旨味に固執している茶業界とは対照的に、ビール業界は飲みやすさとその重要な評価基準である「喉越し」に対してより敏感であり、それが結果として望ましい売上水準の維持に寄与している。

渡辺順二は次のように指摘している。

”喉ごしとドリンカビリティ

他のお酒に比べてビールで最も重要視される項目として、コク・キレ同様に「喉ごし」があります。しかし、喉ごしといっても、意外と明確な定義は難しいものです。それは喉ごしの感覚は、舌で感じる基本五味(甘味・酸味・塩味・苦味・旨味)の味覚的なものだけでなく、また辛味や渋味のような痛覚や触覚だけでもなく、「すっと喉に通る」や「喉に引っ掛かりがない」など、かなり主観的な感覚だからでもあります。

近年の研究によると、喉にはビールや炭酸ガスで刺激される神経があり、これらは舌や口内にはなく、喉に刺激されると脳に信号が送られ、清涼感や爽快感が伝わり、また喉の渇きが癒されることにより快感を得るそうです。

喉ごしのよいビールは、喉に引っ掛かりがなくすっと喉を通り、喉を過ぎるとこの感覚がスパッと消えます。次の一杯も最初の一杯と同じようにおいしく感じ、何杯飲んでも「最初の喉ごしが持続」するのです。» p. 85

以上のことから、「のどごし」は味蕾の枠を超えた「超味覚的」な次元であるといえる。だからこそ、我々は飲用性を生理的な味という概念で比喩的に総括したのである。

最新の研究結果から判断すると、この味は「受容体的な味」「味覚的な味」とは対照的に、「喉の味」と呼ぶことができる。

«ドリンカビリティとは、「もう一杯飲みたい欲求の強さ」を示す言葉で、物理的に喉の渇きを潤すだけでなく、いかに飲み飽きず、飲み続けられるかを表しています。喉ごしは「飲んでいる時、あるいは飲んだすぐ後の感覚」を言っている感じであり、ドリンカビリティは「もっと飲みたい」というような心理的な感覚も含んでいると言えるでしょう。» p. 86

渡淳二は、飲用性(ドリンカビリティ)を単なる「のどごし」の良さだけではなく、例えば「飲み飽きないこと」のような他の相互に関連する特性を含む複雑な性質であると考えている。

高い飲用度は、「もう一杯飲みたい」という欲求を、数時間にわたって飲み続けることができる可能性へと変える。このような飲用性に対する拡張された理解は、長時間のビールの集まり、すなわち「セッション」に適したビールの種類に関する「セッショナビリティ」という用語の登場につながった。

著書『セッション・ビール』(2017年)の中で、ジェニファー・タリーは次のように述べている。

「セッションビール」(session beer)という用語は現代的な概念であり、現在のような形でアメリカの公の場に登場したのは1982年以降のことである。

しかし、セッションビールそのものは、何世紀にもわたって世界中で造り続けられてきた。この用語は多種多様なスタイルのビールに適用されるため、その定義を下すことは容易ではない。実際に、多くのセッションビールは味わいの面で劇的に異なっており、それがしばしばクラフトビールの消費者を混乱させ、味に対する統一されたイメージの形成を妨げる要因となっている。

明らかに、セッションビールにおいて重要なのは「特定の味」そのものではなく、味の強度の低さと、オフフレーバー(異臭)のなさがもたらす後味のキレ(clean finish)である。

著者のタリーは、2016年の「グレート・アメリカン・ビア・フェスティバル(GABF)」の公式ガイドブックにおける記述を引用している。

「ドリンカビリティ(飲みやすさ・ピトコスチ)は、これらのビール全体のバランスにおいて極めて重要な特性である。このカテゴリーのビールは、重量比アルコール度数が4.0%(容積比アルコール度数で5.0%に相当)を超えてはならない」。

また、BeerAdvocate(2005年10月12日号)の「Session Beers, Defined」では次のように定義されている。「セッションビールとは、アルコール度数(ABV)5%以下で、麦芽とホップのバランスが取れており、一般的に後味のキレが良いビールのことである。これらの要素の組み合わせが、高いドリンカビリティを生み出す。

その目的は、感覚を麻痺させたり過度に泥酔したりすることなく、適切な時間内、すなわち『セッション』の間、何杯も飲み続けられるようにすることにある」。

これらの記述をお茶に置き換えて考えるならば、「セッション・ティー」における「低強度」とは、カフェイン含有量の少なさに相当すると言える。

ビールにおけるホップと麦芽のバランスは、日本茶におけるカテキンとアミノ酸のバランスに類似している。セッション・ティーの主な役割は、強烈な有機的印象を与えることではなく、人々が心ゆくまでお茶を酌み交わし続けられるような、滑らかで心地よい「会話の背景」を提供することにあるのである。

飲用性は、生理学の枠を超えた複雑な現象である。渡淳二によると:

«ここでは、ドリンカビリティと喉ごしの厳密な定義はせずに、ドリンカビリティは喉ごしの少し広いくらいの意味で捉えておきます。ドリンカビリティはコク・キレに比べて、心理的な面の影響が大きく、味覚系の課題としてだけでは捉えきれない面があります。»

とはいえ、飲用性は第一に、生理的な現象であり、完全循環を含むものである。渡淳二は次のように指摘している。

«ドリンカビリティの生理学的な研究では、京都大学大学院農学研究科の伏木亨教授のグループが、超音波スキャンを用いて胃からのビールの輸送速度を計測し、ドリンカビリティの客観的な指標を見出しました。胃からの輸送速度は、銘柄によって異なり、胃からの排出が速いほど、体外への排泄が速く、たくさん飲めることがわかりました。ドリンカビリティを考える際、喉ごしばかり見がちですが、飲んだビールの体外への排泄速度がドリンカビリティに重要であるというデータは示唆的なことです。確かに、ドリンカビリティの高いビールは、体での代謝が速く感じられ、飲んでも胃が張らない感じがします。

すべてのアルコールは、尿を濃縮して少なくする作用を持つ抗利尿ホルモンの分泌を抑えるため、利尿作用があります。特にビールの利尿作用は強く、飲んだ量の約1.5倍の水分を排泄させると言われます。また、ビールに含まれているカリウムだけでなく、ホップ成分にも利尿作用があります。したがって、麦芽やホップの使用量が多いビールは、カリウムやホップ成分の含量が多く、利尿作用が強くドリンカビリティを高める可能性があります。»

お茶の利尿作用は、カフェイン、テアニン、カリウム、そして特定の種類の色素成分であるカテキンなどの複合的な成分によってもたらされる。番茶はカフェインやテアニンの含有量こそ少ないが、カリウムをはじめとするミネラルが豊富に含まれており、それが利尿効果を高めている。現在、諸国のビール醸造家たちは、このような飲料のドリンカビリティ(飲みやすさ)を向上させる手法について研究を重ねている。

«諸外国では昨今ドリンカビリティの研究が比較的注目を浴びていますが、研究例はまだわずかです。チェコの研究者は、一杯目以降と0.5ℓ、1ℓ、1.5ℓを飲んだ時点でのビールの香味の評価から、副原料を使用した方がビールの味は軽快になり、ドリンカビリティが増すのではないかという予想を裏切るものです。チェコの有名な銘柄ピルスナー・ウルケルは、麦芽100%でホップを効かせたしっかりした香味でコクのあるビールですが、同時にキレもあります。筆者らもチェコで試飲した経験では、確かにこのビールは飲み飽きないおいしさを持ち、非常にドリンカビリティの高いビールだと感じました。»

以上の議論をお茶の文脈に置き換えるならば、お茶への添加物は、短期的には一時的に飲用性(ピトコスチ)を高めることがあるものの、長期的にはその飲用性と日常性を損なうものであると言える。

例えば、レモンティーやハイビスカスティー(カルカデ)などは、1〜2杯の間は飲用欲求を強めることがあるが、その後は往々にして「飽き」の段階に至るのである。

多くの人々がレモンティーを時折楽しむ一方で、日々の日常的な飲用には、何も加えない「ストレート」か、あるいは砂糖のみを加えたお茶を好むのは、まさにこのためである。

砂糖は他の添加物とは異なりカロリーを有しており、体がそれを即効性のあるエネルギー源として「歓迎」するため、他の添加物とは受容のされ方が明らかに異なると考えられる。さらに、緑茶は紅茶に比べて、こうした添加物に対してより敏感であると思われる。

興味深いのは、1970年に行われた中川致之(なかがわ・むねゆき)による実験である。彼はアミノ酸を添加することで、苦味の強い二番茶(夏茶)の嗜好性を高めようと試みた。当時、このような手法は日本において広く普及しており、現在でも一部で行われている。

中川は、受容体(舌)が感じる「味要素としての味」(うま味や甘味)を人工的に強化することで、夏茶の嗜好性を向上させようとしたのである。

«そこで、中級感 茶の普通審査液にグルタミン酸ソーダとしょ糖の両成分 を茶に対してそれぞれ1%、2%、4%ずつの間合で添加 したところ、第5図に示すように添加量の増加に伴っ て、うま味、甘味の増加がみられ、苦味,渋味が抑えら れる傾向が認められたが、し好度は添加量が増加するほ ど低下した。この理由は、いわゆる、味要素としてのう ま味、甘味の増加と苦味,渋味の減少が緑茶の味と異質な感じを与えたためと考えられる。» p. 480 緑茶の呈味構造とし好性に関する研究

中川氏の実験は、味覚的な味(旨味や甘味等)は人工的に操作可能であるが、生理的な味を欺くことはできないということを証明している。添加物によって味のバランスが崩れると、脳はその乖離を察知して「異質な感じ」という信号を送り、その結果、飲用性が失われ、人はそれを飲む意欲を失うのである。

茶の品質操作は、外部からアミノ酸などの物質を添加するだけでなく、栽培段階で茶葉の内部にそれらを取り込ませることによっても可能となる。

お茶の味わいを向上させる(うま味化する)ための二つの主要な手法、すなわち窒素肥料の多量施用と茶樹の被覆栽培は、古くから宇治の地で実践されてきた。

石垣幸三は次のように指摘している。

«要するに,茶 樹が吸収する窒素と

茶樹をとりまく光線が茶の品質を左

右する要因となっている とい え よ

う.»

«すなわち、良質茶をつくる肥培法と しては、生育に必要な窒素の量以上に、生育には無関係 でもテアニンを増加させるためのNHA-Nをやや過剰に施用することが必要なのである。

茶栽培農家では一般作物では考えられないような多肥培を行なうのはこのためで、被覆栽培とともに、永年の生活の知恵から生まれたものと思われる。しかし、多肥にも限度があるはずであり、15N(窒素)を使って各種条件下で多肥の限界を検討している。

窒素肥料のみにかたよったが、リン酸、カリの適量は糖含量を増加させてタンニン含量を減少させるという報告もあり、室素ほど感ではないが、茶の甘味に影響することが考えられる。微量要素の効果についても不明な点が多く、今後に残された問題も多い。» お茶の化学成分,味 ・香 りと茶樹の栽培, 石垣幸三

«施用することが必要なのである茶 栽培農家では一般作 物では考えられないような多肥栽培を行なうのはこのた めで,被覆栽培とともに, 永年の生活の知恵から生まれ たものと思われる.しかし,多肥にも限度があるはずで あり,15Nを 使って各種条件下で多肥の限界を検討している.

窒素肥料のみにかたよったが,リ ン酸,カ リの適量は 糖含量を増加させてタンニン含量を減少させるという報 告もあり,窒素ほど敏感ではないが,茶 の甘味に影響す ることが考えられる.微 量要素の効果についても不明な 点が多く,今 後に残された問題も多い.» お茶の化学成分,味 ・香 りと茶樹の栽培, 石垣幸三

経験が示すように、高級性を高めることを目的とした人工的な操作は、飲用性の悪化を招き、最終的には茶の品質低下と消費量の減少をもたらす。

栽培や製造段階における過剰な人間の介入は、味と香りを損なう「ストップ・ファクター(阻害要因)」となる。これは茶業界のみならず、ワイン産業の歩みを見ても明らかである。

第二次世界大戦後、ワイン造りは急速に工業化が進んだ。除草剤や選抜酵母、そしていかなる条件下でも「安定した」ワインを造るための手法が登場したのである。

フランスのワイン造り手であり化学者でもあったジュール・ショヴェ(1907–1989)は、研究所の内側からこのプロセスを目の当たりにし、化学がテロワールの個性だけでなく、飲用性(フランス語でBuvabilité)をも殺していることに気づいた。

ショヴェは、自然という台所への介入を極限まで排除するという理念を推し進めた。彼は選抜酵母や二酸化硫黄、その他の人工的な操作を拒むことを提唱したのである。

また、ショヴェは労働者のための二級品と見なされていた、喉の渇きを癒やす日常ワイン(vin de soif)に対する評価を再考した。彼は、シンプルなワインこそが人間の技術の頂点となり得ることを証明したのである。

著書『L’Esthétique du vin(ワインの美学)』の中でショヴェは、質の高いワインとは化学添加物から解放され、飲用性が高く、生き生きとしたものであるべきだと主張した。

ワインの飲用性は「guillant(スイスイ飲める)」や「facile à boire」という言葉、あるいは日本語の「ガブガブ」に相当する「glou-glou(グルグル)」という表現で表される。

ショヴェの思想の多くは、弟子のマルセル・ラピエールによって実践された。ラピエールもまた、ワインとは単なる化学要素の総和ではなく、土壌の健康の結果であると考えていた。

彼の追求したのは、重苦しくすぐに酔いが回る「テイスティング用」のワインとは対照的に、最高の飲用性を備えた「生きたワイン」であった。それは、頭に響かず、受容体を麻痺させることもなく、その軽やかさと果実のエネルギーによって、次のひと口を誘うようなワインである。こうした低アルコールのワインは、喉が渇いていなくとも「勝手に喉を通っていく」と言われる。

このことは、人工的な高級化には限界があり、その限界を超えると茶はその本質とは正反対の「非・茶」へと変質してしまうことを改めて証明している。

茶原料の持つ最大限の自然さと、複雑すぎない伝統的な加工技術こそが、飲用性を担保するための最も重要な条件である。

高い飲用度は、茶が飽きられることを防ぎ、時間の壁を乗り越える一助となる。それは「セッション性」へと発展し、さらには「日常性」へ、そしておそらくは「永遠」へと繋がっていくのではないだろうか。

もし茶の飲用性がこれほどまでに重要であるならば、なぜその主要な担い手である日常茶の「番茶」は、今日まで低品質なものと見なされてきたのだろうか。

後述するように、番茶は資本主義の発達と日本茶のプレミアム化の過程で、段階的にその価値を貶められてきた。しかし、それは一つの要因に過ぎない。

飲用性が軽視されるようになった第二の理由は、番茶が空気や水と同じように、いわば「無料の公共財」へと変貌を遂げたことにある。この現象は「ハイパー日常性(超日常性)」と呼ぶことができる。あまりにも身近になりすぎた「価値(よさ)」は、もはや価値として認識されなくなってしまったのである。

淵上弘子は、お茶は«われわれの生活にあまりにも密着し過ぎた»と述べている。(33頁)

«しかし、今この万事カネ、カネと金銭に明け暮れるような世にあって、不思議や不思議、飲ませてもらうお茶の代金を表立って請求されることはない。もとより見も知らぬ人にタダで飲ませてくれるはずはないから、サービス料や料理代の中にきっと含まれているのだろうが、ただ表向きはタ

ダで飲ませてくれるのだから、文句の言えたものではないが、これらのお茶は、どこでも申し合わせたように、文字通りの粗茶である。

高名な料亭、旅館でも、一杯の緑茶にまで十分の心入れの感じられるところはきわめて少ない。日本の緑茶は、現代においては決して高い飲料ではないが、われわれはこのように、外では久しくタダにならされてきている。今の世に、どこでもタダでまかり通るのは空気と水と日本緑茶のみであろう。» Стр. 32-33

低落が限界に達したとき、価値の振り子は逆の方向へと大きく振れ始めたのである。ペットボトル飲料の普及を通じた飲用性の商品化は、このプロセスの明白な証左である。この流れは現在も勢いを増しており、日常的なリーフティーのよさを再評価、あるいは復権させるための前提条件を作り出している。

淵上弘子がその著書を記したのは、このプロセスが加速し始めたばかりの20世紀末から21世紀初頭にかけての時期であったといえよう。彼女は常茶の生産の衰微を嘆きをもって記している。実のところ、それは茶の飲用性が価値を失っていく過程の「底」であったと考えられる。そして、このプロセスは日本に始まったことではなく、数世紀にわたる歴史적背景を持つものなのである。

9 単なる飲みやすさ

茶文化において「飲みやすさ」は根本的な役割を果たしているにもかかわらず、社会はこの性質を、その主な担い手である日常的な茶と同様に、決して高く評価してこなかった。

茶で喉の渇きを癒やすことは、下層階級の人々の「動物的本能」の現れであると見なされてきた。この傾向は今日まで生き続けている。淵之上弘子著『日本茶. 百味百問』(2001年)の中に、次のような一節がある。

«またごく最近は、職場によっては絵茶機がセットされ、各人が自由に湯呑みを持参して茶を飲む仕組みも見られるし、各人が好みの茶や水の入ったペットボトルを持参して、身近において適宜渇きをいやしている例もあるどいう。いずれも合理的というか実質的と言うか、近代化の一面は理解出来るものの、われわれの動物的な「のど」の渇きをいやすだけの物にお来がなり下ってしまったような気がして、いきさかわびしい思いがする。» p. 30-31

ここで著者は、茶の世界を「急須と茶葉を用いた正しい飲用」と、簡略化された「動物的な飲用」という二項対立に分ける、典型的な「二元論的なスノビズム」に陥っている。

喉の渇きを癒やすという「動物的」な行為を蔑む中で、著者は、彼女自身がその衰退を嘆いていた「常茶」こそが、まさにこの根源的な「飲用性」の上に成り立っていたという事実を失念しているのである。

人間の生命活動にとって極めて重要であり、身体に有用な成分を継続的に補給する役割を担ってきたこの行為は、古くから「ただ喉を潤すためだけのもの」という軽蔑を込めた表現に矮小化されてきた。

しかし、喉の渇きを癒やすことすらままならない状況に置かれて初めて、人間はこうした誤解の深さを真に理解するのである。

古来、中国では茶を飲むという行為をめぐる観念の二面性は、言葉の中にも刻み込まれていった。中国の著者、林梅西と趙子涵の専著からは、こうした差別が単に茶の種類だけでなく、茶の飲み方そのものまで及んでいたことが見て取れる。

«以上の内容からして、古代中国では、「飲茶」やいわゆる「喝茶」として後世で使われて いる動詞に関して、習慣的に或いはとりわけ「啜」の字を好んで用いていたようである。そ の原因はおそらく、人々が茶を飲む目的と関係があったと思われる。

茶が飲料としてただ喉 の渇きをなくすだけであれば、「飲」や「喝」で問題はない。しかし、茶を飲むことは雅や かさを追求する飲食文化の営みであり、物質的な意味だけでなく、それを超えた精神的な追 求がある。まさに田芸蘅の『煮泉小品』には「之を飲む者は一吸いして尽き、味を辨じる暇 あらず、俗より甚だしきことなし」と述べている。

俗を脱し茶の本当の味を楽しみ、茶の 優劣を識別するのであれば、大口で牛のように飲むわけにはいかない。ゆっくり少しずつ啜 って味わう必要がある。「啜」は口をすぼめて微かに吸う動作である。口を大きくあける 「飲」や「喝」とは反対であり、この飲み方が「品茶」の「品」という範疇に入る。»

このような茶文化に対する見方は、典型的な「二項対立」の陥穑である。それは茶という一体の存在を精神的なものと物質的なもの、真実と虚偽へと分断し、茶文化の領域を高級茶の消費だけに限定することで、日常茶の重要性を無視している。

生理的な味覚や喉の渇きを癒やす能力、そして食事との相性に深く結びついた常茶の「飲用性」こそが、大衆的な茶文化の根幹をなしている。しかし、それは伝統的に「文化」とは見なされず、その生理的な味わいもまた、真の味とは認められてこなかった。

陸羽は『茶経』の「五之煮」の章において、茶の味が淡白で水っぽいことを絶対的な欠点として次のように評価している。

«茶の性は倹。広には宜しくない。広になると、茶の味は暗く淡い。さらに大服のときは、その半分を啜むだけで味は寡い(うすい)。まして広のときはいうまでもない。»p. 179, 布目潮渢、茶経、全訳注

注目すべきは、伝統的に中国の研究者が「広」(広がり/多すぎること)の中にまず「水の過剰」を見出すのに対し、多くの日本の研究者は「人数の過剰」を見出す点である。これは、日本人が客の人数を厳格に制限する自国の茶の湯の源流を『茶経』に求めようとしたためである。

両者は共に、茶の理解を「選ばれた少数のための濃厚な飲料」へと集約させており、庶民の日常的で飲み口の軽い味わいを茶文化の枠外へと追いやっている。明代において、これと同じ「二元的な洗練」のパラダイムに従ったのが、張源の『茶録』である。

«茶を飲む場合は客の少ないほうが貴い。客が多いと噂じく、喧しければ雅題に穴ける。独り茶を吸ることにこそ茶の真骨頂がある。客が二人ならばれた時となり、三四人ならば趣のある時を過ごせるが、五六人ならば雅趣が薄まり、七八人となると施しの茶となるという。(それは過きを癒やすばかりで雅趣のない茶である。)» p. 64、張源『茶録』許次紓『茶疏』全訳注 岩間眞知子訳注

谷端昭夫は、その「よくわかる茶道の歴史」 において、単なる渇きを止める行為という「非文化」から発展した、茶の湯という形での唯一無二の「茶文化」が存在するという公式の見解を次のように述べている。

«飲料としての茶には、さまざまな種類があり、その飲み方も多様だ。しかしながらその多くは湯きを止めるのに過ぎない。はっきりとした文化事象を伴っていないのだ。その点、扶茶は飲料である上に様式、儀礼などを形作ってきた。茶会・茶事と呼ばれるものが裏型である。

これらの抹茶は人を招いて「振舞」うことによってなるとは区別される。「振舞」の方法として料理を振舞い、茶を飲むという二部構成がとられはじめる。そこでは茶の湯の場(茶室・数寄敷)・茶(露地)・料理(懐石・食事法)・茶の種類(濃茶・薄茶)・器・点茶法などに工夫を凝らしてきた。飲料としての茶から、時代によってさまざまな事象を生み出し、文化を形成してきたのである。その経線を付けようとするのが本書である。»

このような茶文化を特定の規則や儀式の集まりとして捉える見方は、非常に狭義で一方的である。なぜなら、江戸時代に多様な発展を遂げた、数多くの地域的特性を持つ日常的な庶民の喫茶という極めて広大な層を、完全に見落としているからである。

以前にも述べた通り、まさにこの日常的な飲料としての茶文化の中から、茶の湯そのものが誕生したのである。

ちなみに、抹茶を飲料と呼ぶことにはある程度の語弊がある。抹茶は「茶の飲用性」が低く、どちらかと言えば飲料から食物への移行形態に近いからである。

「飲用性」が茶の品質の根幹をなす独立した価値として認められなかったことが、数世紀にわたる日常茶への低い社会的評価を決定づけたのであると思われる。

10. 茶と食べ物の相性

飲用性の高い茶は、それ自体がスムーズに「喉を通る」だけでなく、さながら礼儀正しい紳士のように食事に道を譲り、喉へと誘う。料理の食べやすさを高め、その味わいを引き立てることで、食事全体のプロセスを最適化し、調和させるのである。

茶と食事の相性の良さは、その茶の「日常性」を決定づける重要な資質の一つである。 日本の食文化において、茶と米が伝統的にその基盤をなしてきたのは、まさに両者の優れた相性ゆえである。 食事との相性という点において、茶はビールと通底するものがある。渡淳二はその著書『ビールの科学』の中で次のように述べている。

«少しビール贔屓かもしれませんが、他のお酒と比べて香味が出すぎていない点や味が比較的淡いという成分上の理由から、料理を楽しむのにふさわしい「口中調味」に適したお酒と言えるわけです。また、ビールは爽快感あふれる飲み物であり、違った料理へ移行する際に口中の洗浄やリフレッシュメント効果も期待できるため、料理の間にビールを挟むことで毎回料理の味を新鮮に感じさせる役割も果たしてくれます。» P. 235

強調しておかなければならないのは、すべての緑茶がご飯に合うわけではないという点である。食事との優れた相性を生む重要な条件こそが飲用性である。飲用性の高い緑茶には、比較的淡白な味わいと、軽やかな渋みという特徴がある。

淡白な味わいは、味覚の主役を茶へと奪い去ることなく、料理そのものの味を引き立てる。

また、飲用性の高い茶に含まれる軽やかな渋みは、米の澱粉由来の甘みを口内から効率よく洗い流し、後味を「リセット」してくれる。これにより、味覚の飽き(食べ疲れ)を防ぎ、次の一口を常に「新鮮」に感じさせるのである。

一方、高級緑茶は旨みが豊富であり、強いアミノ酸系の甘みを持っている。この甘みは米の澱粉の甘みと混ざり合うことで、いわば「味の渋滞」を引き起こしてしまう。その結果、米の味がすぐに重く感じられ、食べ飽きてしまうのである。

2023年4月、私は佐賀県の嬉野を訪れた。そこは古くから、極めて飲用性が高く和食に寄り添う「釜炒り茶」の産地として名高い場所である。

しかし残念なことに、今日では高級な旨味の追求と、鮮やかな緑色の水色を重視する傾向により、伝統的な釜炒り茶の生産は風前の灯火となっている。現在、現地で主に生産されているのは深蒸し煎茶と大差のない「蒸し製玉緑茶」である。

ある地元の居酒屋で和食を摂った際、供されたのはまさにその肥料の効いた旨みの強い、鮮やかな緑色の茶であった。私はその茶で米や魚を流し込もうと試みたが、茶は口内の脂や甘みを洗い流すどころか、食べ物と共に歯にまとわりつくようであった。そのお茶を薄めてもらったが、それでも結果は変わらなかった。ご飯とお茶が、まるで異なる方向を向いているかのようであった。

私が宿泊したのは、和食の朝食の付いた小さな宿であった。翌朝、並べられた食器の中に、黄金色の釜炒り茶を見つけた時の驚きは忘れられない。

それは驚くほど飲みやすく、爽やかな香りを持つお茶だった。前日の居酒屋で失われた調和の感覚が、一瞬にして取り戻された。この伝統的なお茶と伝統的な食の組み合わせは、まさに相乗効果(シナジー)を生み出し、食事の満足度を劇的に高めると言っても過言ではない。

宿主さんに、今でもこの立派な釜炒り茶を製造している工場の住所を尋ねた。しかし、現在の嬉野に溢れている緑色のお茶の中から、なぜ彼女はこの黄金色の釜炒り茶を選んだのだろうか。その謎は、宿主さんとの会話の中で解けた。彼女は静岡県の有名な茶産地である川根の出身だったのである。

川根のような歴史ある茶産地の人々こそ、茶と食事の相性の重要性を誰よりも理解しているのではないだろうか。なぜなら、その相性の良し悪しに、茶文化のみならず食文化全体の運命がかかっているからである。1991年、川根茶業協同組合の澤本幸彦理事長は次のように述べている。

«飲食物の嗜好と流行には、世相と共にめまぐるしいものがある。多種多様の飲料の中で占めるお茶の割合は、言うまでもなく下降線をたどっている。

こうした緑茶離れの原因は、食生活の変化が一番大きい。食事の前後に必ずお茶を飲む家庭が多かったのに、食事がご飯からパン食に変ってきて、緑茶よりもコーヒーを飲む家庭がふえていることも、その要因の一つである。このため緑茶を知らずに育つ子供たちが多く、緑茶離れはますます進みそうだ。» p. 8 1991年2月月刊茶

外部因子の無条件の重要性にもかかわらず、小川八重子は問題の根源を茶そのもの、そしてその結果としての茶文化の構造的歪みに見出したのである。

すなわち、伝統的に日本料理に適合していた番茶が遍く駆逐され、高品質な煎茶が押し付けられたことにより、緑茶と食事との間の著しい不整合が生じるに至った。小川八重子は次のように記している。

「例えばおスシ屋さん。今、大抵の店が煎茶の粉茶を使っていて緑色をしたお茶を出しますが、あれ飲むとザラッとして、ムカッとした味が口の中に残りませんか。生魚の生臭い味をお茶を飲むことによって切り、口の中をさっぱりさせるのがお茶の役目なのに、お代わりしたくもないようなお茶が多いです」

「うなぎとか天ぷらのように脂っこい料理にも、コクのある煎茶が出されますが、私は胃にもたれて気分が悪くなってしまいます。私の感じでは、日本茶のきれいな緑色をした煎茶は、甘いお菓子やご飯にはよく合いますが、しょうゆやミソ味には合わない。スシも天ぷらもうなぎも、カレーにも、水でなく、あっさりしたばん茶やほうじ茶の方が合うと思うのですが……。食べものとの関係にも、もっと気を使うと、いっそうお茶はおいしく飲めるはずと言っている……」

(平成元年五月十三・十四・十五日東京新聞「お茶をおいしく」)

この一節は、飲用性が比較的低い上煎茶が、本来不向きな役割を十分に果たせていないことを如実に示している。煎茶の品質を絶対視することは、茶と料理の不格好なミスマッチを生じさせる。この場合、原因は外部要因ではなく、茶そのもの、あるいは茶業界による「品質」に対する誤った認識にある。小川八重子は次のように強調していた。

「茶と人間のかかわりあいは、何千年も前からだといわれています。近頃“茶ばなれ”と騒がれ、それは生活様式が変わったからとか、食生活の内容が変化してきたからだろうとか、まるでお茶から見て相手が悪いといった云いようです。しかし私はそうは思いません。問題は、お茶そのものにあるのではないでしょうか。

食生活が変わったのなら、それに合うお茶があればいいわけです。煎茶は、甘いお菓子に合います。お菓子の味を引き立てます。それでも、その煎茶は、天ぷらやうなぎの蒲焼などの油脂の強いものには合いません。

食品の味には、砂糖(白・黒)、塩、醤油、味噌、酢、油、脂など、いろいろあります。魚、肉、野菜には、それぞれ特有の味があります。お茶には、それ等の味との間に相性といったものがあるのです。合う時は、両方ともおいしいと感じられ、体にもいいものですが、合わない時は、どちらも不味くなってしまいます。それこそ、お茶なんてない方がいいと、茶ばなれの原因となるのがおちです。「うちの子は、食事の時は水です」とか、「ミルクです」とおっしゃるのをよく聞きます。子供の好んで飲むようなお茶がないからではないでしょうか。

数年前のこと、幼稚園のお弁当の時間に、おばん茶を持って行ってテストをさせてもらったことがあります。最初の日はお茶に関心を示してくれなかったのが、二日目から手を出すようになり、一週間位すると、おかわりをする子が多くなりました。そしてほとんどの子が、お弁当を残さないで食べるようになったのです。

子供は、苦い味・渋い味は嫌いです。“どうしたら、子供が日本茶を飲むようになるか”ほんとうのおいしさとは何か。それが、これからの問題点であると考えます。

茶は、作り方次第で、毒にも薬にもなります。本当においしいと感じるのは、それが、体に自然に要求するところにぴったりであるからだと思います。病気が重くて何も食べられないような時に、「あのお茶が飲みたい」と望まれるようなお茶があってほしいのです。

お年寄りも、子供も、みんながおいしいと云って一緒に飲めるお茶があれば、家族団らんのときになります。食事の時に必ずお茶がある。スポーツの時の水分補給に、仕事の合間、やすらぎの場に、私は、茶にまさる飲みものはないと思っています」 pp. 67-69 小川八重子の常茶の世界

小川八重子は、人々のあらゆるニーズを満たすことのできる茶が持つ幅広い可能性を活用すべきであると提唱した。彼女は、質の高い茶とは美しい形状、色、そして「旨味」の甘みに集約されるという狭隘で教条的な見解に異を唱えた。この研究者は、古びたドグマの束縛から茶を解放しようとする意識的な試みを行ったのである。

11.二つの味、二つの成分

茶の味はその化学成分によって決定される。緑茶は、互いに作用し合う成分の複雑な複合体から構成されているが、ある程度の簡略化をすれば、甘みのある味覚的な味である旨味を司るアミノ酸と、特定の条件下で爽やかな後味へと変化する渋みのカテキン、すなわち生理的な味との「対立」に集約することができるのである。

簡略化は、研究者が複雑な現象を支配する主要な要因を抽出するのに役立つ。しかし、簡略化するにあたっては、現象の実際の性質ははるかに複雑であり、未だ研究の途上にある多層的な相互関係の織り成すものであることを忘れてはならないのである。

茶に関する文献では、通常、茶の主要な化学成分としてアミノ酸とカテキン(タンニン)が登場するが、より学術的に言えば、これらは二つのより大きな「茶のグループ」に関する話である。

一つは窒素画分であり、ここにはアミノ酸だけでなく、タンパク質、カフェイン、ヌクレオチド、その他の化合物が含まれる。もう一つはポリフェノール画分(カテキン、収斂性物質(タンニン)、フラボノール)である。

カフェインの苦味や多糖類の甘みなどが全体の味の構造に寄与していることは疑いようもなく重要であるが、その影響は比較的小さいため、理論的な簡略化を目的として、ここでは伝統的な「アミノ酸対カテキン(タンニン)」という枠組みにとどめることとするのである。

アミノ酸とカテキンは、茶文化において高級茶と日常茶として定着している「新茶ー番茶」という茶の二分法の化学的基礎を成している。ある程度の簡略化を許容すれば、これらの茶はそれぞれアミノ酸型、およびカテキン型と呼ぶことができるのである。

新茶がアミノ酸の高い含有量を特徴とするならば、番茶の「真骨頂」は豊富なカテキンにある。新茶と番茶はあくまで便宜的な両極であり、その間には摘採時期に応じて、アミノ酸とカテキンの組み合わせによる幅広いスペクトルが存在することを理解することが肝要である。

これら両グループの化学物質は、いずれも人体に対して好ましい影響を及ぼすものであり、以下にその概要を簡潔に記述する。

12. 茶の生化学

茶の品質とは何か。一般的な答えは「味と香り」である。しかし厳密に言えば、品質はそれらの中に存在するのではなく、それらを通じて「現れる」ものである。外的な現象の背後には、人間に必要な生命エネルギーが隠されている。

味と香りは、単に日々の生の喜びを与えるだけでなく、茶に含まれる生理活性物質(カテキン、アミノ酸、ビタミン、微量元素)の複合体によって、我々の生命を維持し、定期的な補給へと動機づけるものである。

紀元前2世紀から1世紀頃の『黄帝内経』に始まる古代中国の医学書は、食物から得られる生命と生命エネルギーという根本的な問いに焦点を当ててきた。『喫茶養生記』を著した栄西の功績は、茶を「養生の仙薬」として、予防医学の文脈で初めて日本人に提示したことにある。

生命エネルギーによって身体を養う複雑なメカニズムを研究する中で、現代科学は、8世紀以上前に栄西が記した「生理活性を持つ機能性飲料」としての茶の調節機能の理解に、徐々に近づきつつある。

人間の生命エネルギーは抽象的な概念ではなくなり、細胞の深部で進行する複雑な生化学的プロセスとして捉えられるようになった。

このプロセスの基盤となるのは、ミトコンドリアの働きであると考えられている。ミトコンドリアは微細なエネルギー発電所であり、身体のあらゆる機能を動かすユニバーサルな燃料であるATP(アデノシン三リン酸)分子を24時間体制で合成している。

ミトコンドリアは独特の構造を持ち、その内膜はクリステと呼ばれる襞を形成している。そこではコンベアのように栄養素の酸化とエネルギー分子の組み立てが行われる。

しかし、ATPの生産は原子力リアクターの稼働にも似た激しいプロセスであり、副産物として細胞構造を損傷させる酸化ストレスが不可避的に発生する。

この複雑なシステムにおいて、緑茶の成分は包括的な最適化メカニズムとして機能する。カテキンとアミノ酸は、我々の内部リソースの保護、稼働、回復の全サイクルを支えるのである。

エネルギー管理の活性相はカテキンによって担われる。中でも中心的な役割を果たすエピガロカテキンガレート(EGCG)は、1929年に日本の生化学者、辻村みちよによって初めて詳細に記述された。

特筆すべきは、同じ1929年に科学がATP分子そのものを発見したことである。あたかも人類に対し、エネルギー源の理解とその保護手段を同時に提示したかのようである。カテキンはいくつかのメカニズムを通じて機能する。

第一に、カテキンは自由ラジカル(遊離基)の「罠」として働き、ミトコンドリアDNAが損傷を受ける前に、膜上でそれらを中和する。

第二に、カテキンは特定のスイッチタンパク質「PGC-1α」を活性化し、古くなったミトコンドリアに代わって新しい健康なミトコンドリアを生み出す「バイオジェネシス(生物発生)」を開始させる。これにより、細胞内に毒性廃棄物を「充満」させることなく、心臓や脳の機能に不可欠なATP生産を安定して高いレベルで維持することが可能になる。

科学的に、ATP分子が細胞内で生存する時間は1分にも満たないことが判明している。身体はそれを「蓄える」ことができない。我々は絶えずATPを合成し、即座に消費している。体重70kgの人間は、一日に約40kgものATPを生産し、消費しているのである。

このエネルギー最適化の効果を実感するためには、カテキンを定期的に摂取する必要がある。ただし、空腹時に高濃度のサプリメントとして摂取するような過剰なカテキンは肝臓に毒性を示す可能性があるため、伝統的な喫茶習慣が最も安全で調和のとれた方法であるとされる。

栄西が説いた良質な緑茶の日常的な飲用は、ATPの絶え間ない生産のための理想的な環境を作り出す。カフェインが覚醒感を与えるならば、カテキンは細胞の深いレベルで生命力産生システムそのものを最適化するのである。

継続的なカテキンの供給は、ミトコンドリアを高機能な待機状態に保ち、それが身体全体の持久力向上、思考の明晰さ、そして生物学的な老化プロセスの抑制として現れる。

エネルギーサイクルの第二段階である回復相は、特有のアミノ酸であるL-テアニンに直接依存している。

緑茶は、L-テアニンを合成できる世界でも数少ない植物の一つである。このアミノ酸は血液脳関門を通過する驚くべき能力を持ち、我々の中枢神経系に直接影響を与える。

強力な刺激剤とは異なり、テアニンは精神を「加速」させるのではなく、脳をα波の状態へと導く。これは穏やかな覚醒モードであり、高い集中力を維持しながらも、背景にあるストレスや不安を取り除くことができる状態である。

生命のエネルギーは、質の高い「再充電」なしには成立しない。それは深い睡眠の間に起こるものであり、L-テアニンはその質を高めることができる。

休息期において、細胞は損傷した細胞小器官を再利用し、ATPの貯蔵を補充する「大掃除」であるマイトファジーを最も活発に行う。

テアニンは血液脳関門を越えて脳のα波を生成し、神経系を不安な覚醒モードから意識的な平穏の状態へと移行させる。

これにより、過剰になるとミトコンドリアの正常な働きを阻害するホルモンであるコルチゾールのレベルが低下し、深い休息相への移行のための理想的な条件が整う。

さらに、テアニンはカフェインの作用を調和させる。カフェインがアデノシン受容体をブロックして疲労感を防ぐ一方で、テアニンはその効果を和らげ、急激なアドレナリン放出とその後のエネルギー減退(コーヒー愛好家によく見られる現象)を防ぐ。この相乗効果により、システムを過熱させることなくミトコンドリアを高速回転させることが可能になる。

異なる種類の茶を使い分けることで、これらのプロセスを制御できる。例えば、カテキンが豊富な古典的な煎茶は能動的な保護とバイオジェネシスに理想的であり、熱処理によってカテキンとカフェインが減少したほうじ茶は、夜間の回復とATPの深い再生相への準備のための優れた道具となる。

このように、カテキンとアミノ酸の相互作用は健康と幸福の循環を形成している。一方の物質群が活動時間における「モーター」の出力と保護を担い、もう一方が夜間の回復の深さと質を司る。

適切な抽出は、このプロセスを微調整することを可能にする。80℃以上の湯で1分程度抽出することは、ミトコンドリアを支える十分な量のカテキンを引き出すのに役立ち、一方で70℃以下の低温で素早く抽出することは、リラックス効果のあるアミノ酸に焦点を当てることになる。

本質的に、これは緑茶の二つの連続した抽出(一煎目と二煎目)について述べている。少し冷ました湯で淹れる甘みのある一煎目と、より熱い湯で淹れる渋みのある二煎目。この二つの日常的な抽出には、単なる二つの異なる味だけでなく、我々の「生命のバッテリー」を活性化し、メンテナンスするという二つの異なる機能が隠されているのである。

今日、茶の品質はもっぱら味と香りのみで評価されている。しかし、茶の中にどれほどの味と香りがあるかだけでなく、どれほどの「生命」が宿っているかを科学者が特定できる日は、そう遠くない。

13. 奇跡のカテキン

緑茶の有用性において、カテキンとアミノ酸の役割は同等ではない。味の場合と同様に、ここでも主従の分化が続いている。それは茶葉におけるこれらの物質の含有率にも示されている。

番茶の乾物中にはカテキンが12〜20%、アミノ酸が1〜2%含まれている。煎茶はそれぞれ10〜18%である。アミノ酸が最も豊富な玉露でさえ、カテキンの方が比重が大きい(カテキン 5〜10%、アミノ酸 4〜7%)。

茶に含まれるすべての物質は相互に関連し、一つの全体として体に作用するが、カテキンの有用性に関する膨大な数の学術研究は、緑茶の健康効果における主導的な役割がカテキンにあることを認めている。

日常的なお茶である番茶は、主に成熟した葉から作られ、アミノ酸は少ないがカテキンは豊富である。旨味がないことは、これらのお茶の高い人気を妨げるものではなかったが、その人気は高級茶の普及とそれに伴う旨味崇拝によって衰退していった。

カテキンの実証的な研究が始まったのは1世紀足らず前、1929年に理化学研究所の女性科学者、辻村みちよが世界で初めて緑茶からカテキンを結晶状態で分離し、その化学式を決定した時である。その後、1930年にカテキンガレートを、1934年にはエピガロカテキンガレート(EGCG)を分離した。

カテキンへの関心の新たな波は、20世紀の80年代から90年代にかけて訪れた。20世紀と21世紀の変わり目には、まだ一般には広く知られていない「カテキン学」という独自の科学が創設された。その創設者である昭和大学名誉教授、島村忠勝(1942〜2025)の尽力により、今やカテキンという言葉はほとんどすべての日本人に知られている。

2004年、島村教授は「日本カテキン学会」の創設者兼会長となった。私は、2024年に行われた記念すべき、そして残念ながら最後となった会議に出席することができた。

著書『奇跡のカテキン』の中で島村教授は、抗生物質やワクチン、その他の医薬品に見られる副作用が全くない一方で、カテキンが驚くべき多機能性を持っていることについて記している。教授はカテキンを「多機能生体防御物質」と呼んでいるのである。

«さて、成長して、すでに私の手元を離れたカテキンではあるが、カテキンには素晴らしい性質がある。殺菌作用、抗毒素作用、抗ウイルス作用、抗がん作用、抗酸化作用など、ひとつの物質が多くの能力を持っている。つまり、カテキンは多機能性生体防御物質であると言える。あるときは抗生物質のごとく、あるときは抗体のごとく、あるときは抗ウイルス剤や抗がん剤のごとく働くのである。二役も三役も演ずることのできる»千両役者»である。

感染症の治療というと、すぐ「抗生物質を」、ということになる。確かに抗生物質はよく効き、多くの人命を救ってきた。抗生物質は微生物が産生する、細菌に対抗する抗菌物質である。それを人間が利用しているにすぎない。高等植物が産生する抗菌物質は抗生物質とは言わないが、抗生物質と同じ働きを持つカテキンのような抗菌物質が存在しても、当然であると私は思う。» p 170、奇跡のカテキン

残念ながら、近年カテキンの効能について多くの議論がなされているにもかかわらず、これらの物質は実質的に社会ののけ者となっている。肥料や農薬の過剰な使用、さらには過度な機械的・熱的加工によって、カテキン特有の渋みがしばしば苦味へと変わってしまうためである。茶業界はカテキンとの付き合い方を忘れてしまったようである。

今日、そこには二重基準が存在する。ファッション誌などで緑茶の効能が語られる際、誰もがカテキン(抗酸化物質)の高い価値を口にする。しかし、特定の茶の広告となると、通常は「このお茶は渋みが少ない(あるいは、ほとんどない)」と謳われるのである。

肥料によって作られたアミノ酸の甘い味に慣らされた消費者は、茶の不快な渋みや苦味の原因がカテキンそのものではなく、不適切な栽培・加工方法にあることを理解していない。結果として、甘く、高価で、淹れ方や保存に手間のかかる「アミノ酸」(テアニン)主体の茶は価格が高騰し、すぐに飽きられ、日常生活から遠ざかっていく。

重要なのは、番茶の伝統的な製造法が、カテキンを基にして苦味ではなく、日常生活に必要不可欠で手頃な価格の「生理的な味」を作り出すという点である。

松下智は、茶離れの主な原因は、伝統的な日常着としての適度な渋みを持つカテキン茶から、過度に甘いテアニン(アミノ酸)茶へと移行したことにあると考えている。同時に、無謀な旨味の追求がもたらす環境への影響についても指摘している。なお、同氏は「カテキン」という言葉の代わりに、同義語として「タンニン」という用語を用いている。

『茶畑からチャが見えなくなり、チャの林となっている。そして、街中からは茶店が消えていき、千年余りの歴史をもつお茶が、日本の社会から消えつつある。こうした現象は何処に帰因するのか、考えてみたい。

その最大の要因は、毎日飲むお茶の主要成分たる「タンニン」が少ない»甘いお茶»を»消費者がもとめているから”ではないか。

それにより、茶にテアニン(うま味成分)を加えることになった。乾燥した茶の葉の裏側に、テアニンの素がきらきらと光って見える程の茶を作っている茶産地もあり、茶畑に窒素肥料を多様することで、茶畑のなかを流れる小川には、生きものは消えていってしまった様である。茶の生産者はもちろんのこと、消費者にも、この辺りでテアニン重視の茶から、タンニンの茶に戻ることを真剣に考えてもらいたい。』p. 6、茶論、新茶号No. 86、2023。

松下氏は日本茶を自然と伝統の原点に立ち返らせるよう呼びかけているが、それは人間が道徳的な生活規範に立ち返ることなしには不可能である。技術だけでは何も解決できないのである。

14. 自然性と人間性

お茶のタニンやアミノ酸などの味のプロファイルは、栽培条件や加工技術によって決まるが、物質的な要因以上に、お茶造りにおいて決定的な役割を果たすのは精神的な要因である。お茶の品質は、主に「自然性」と「人間性」という2つの要素から成り立っている。

自然は素材を提供し、人間はそこに「品質のベクトル」を与える。その中心にあるのが、生産者の個人的な利益よりも消費者のニーズを優先する「善のベクトル」である。

お茶造りは、摘み取られた茶葉が工場に運ばれるずっと前、茶園から始まる。お茶の品質の根幹は、神秘的で計り知れない自然の力によって創り出されるものである。

近年、日本茶の品質低下が見受けられる。海外需要に後押しされた抹茶ブームを別にすれば、日本国内でのお茶の消費量は年々減少しているのが現状である。

伝統的なリーフ茶(葉茶)は、今や至る所で販売されているペットボトルや缶入りの茶系飲料に取って代わられつつある。

いわゆる「お茶離れ」は、前世紀の70年代初頭に始まったといわれる。しかし実のところ、この現象は日本伝統文化の構造的破壊の一端であり、食文化(米離れ)から精神文化(寺離れ)に至るまで、あらゆる分野に及んでいる。そしてそれは、明治維新という遥か以前の時期に端を発しているのである。まさにその時、急速な近代化の犠牲として、多くの精神的価値が捧げられたのである。

武者小路公秀「人間性の探求としての平和」(1999年)は、「社会史的な文脈の中で考えてみたいと思いますけれども、近代日本が形成された、明治、大正から昭和にかけて、日本が非常に近代化の遅れた状態から、これだけ経済成長することができたことは、決して卑下することはないと思います。それは、非常に立派なことでしたし、そのために、国としては富国強兵というような形の政策をとらざるを得なかった、ということは国際的な政治の厳しさの中で、それはやむを得なかったという考え方もできると思います。

けれども、日本の発展の中で、どれだけ多くの犠牲が払われたか、その犠牲というものを、やはり私たちは、もう一度、反省して振り返ってみる必要があると思います」(p.17)と述べている。

武者小路氏の言葉に対し、経済学者の滝川好夫氏は次のようにコメントしている。«モノはたしかに豊かになりましたが、モノが豊かになればなるほど、精神は貧しくなっていったような気がします。» p. 25, 資本主義はどこへいくのか、2009

お茶離れの原因としては、欧米食の普及やパン食への移行(パンにはコーヒーや紅茶が合うため)など、外部からの影響による物質的な要因が通常挙げられる。

これらの要因は客観的な重要性を持っているものの、お茶離れの主因は、あらゆる文化の基盤である「人間性」の衰退にあると考える。お茶離れとは、環境や消費者の健康、そして茶そのものを自己利益の犠牲にする過度な経済的エゴイズムがもたらした結果である。

明治時代に始まった伝統的価値の破壊プロセスは、20世紀に入っても継続した。高度経済成長の負の側面が日本で本格的に顕在化し始めた1974年、松下智氏は次のように指摘している。

«茶という一杯の飲みものを視ると、そこには『茶の心』、『人の心』、『和の心』といった心を飲むものであって単なる飲みものではないことがわかる。その『心』というのは、さらによく観ると東洋で生まれ、日本で育った『茶道文化』として成人していることである。そしてその真髄には、茶を通して『人の生きる道』、人間として歩む道』を日常茶飯事の飲み物として解いているわけである。

こんな嵩高な茶も近代産業の発達や、経済の著しい発展によって著しく害されてしまい、『物質文明の発達は、人を人でなくし。人間性を持たない、生きた道具と化してしまったのではないかと思う。極言すれば、人間性というものは、もはやこの世から影をひそめてしまった』といえるのではないだろうか?» 茶、副読本、1974, 松下智

茶の言葉に換言すれば、「人間性」の主な類義語は、おそらく簡素で素直なお茶であろう。それは、安価でありながらも環境に優しく、日常的に飲むための美味しい茶のことである。松下氏は、普段使いの茶の重要性を繰り返し強調しており、次のように述べている。

«長い間、茶と言えば「茶道」と言うほどに、茶道文化が強調され、その結果が、茶道を形骸化へと向かわせることになりかねない状況になって来た。

茶は、茶道文化を頂点とした、私達の日常生活における、物心両面に必須の飲み物であり、また日常茶飯の生活文化ともなっている。この様に広く活きている茶について、総合的な視野に立ってその良さを再認識し、より広く、日常生活に楽しく活かしたいものである。

そうした場に本書が、小著ながら活用されることを願って止まない。» 日本茶を究める

残念ながら、茶業はこれとはほぼ反対の方向へと発展を続けてきた。付加価値のさらなる向上を追求するあまり、価格が高騰しただけでなく、茶の本質的な価値は損なわれ、日常性の低い、複雑で不自然な産物へと変貌してしまったのである。

伝統的なリーフ茶への回帰は、農業の基本原則や食品の質についての再考なしにはあり得ない。その中心にあるのは自然性の原則に従うことである。

茶の自然性とは、何よりもまず茶の樹がその本性に適っていること(テロワール)であり、付加価値向上への流行や、攻撃的な「改良」というイデオロギーによる過度な介入がなされる以前に、伝統的に形成されていた姿を指す。茶、あるいはあらゆる農産物の質とは、人工的な改良の試みから生まれるものではなく、茶葉に元来備わっている価値を、いかに丁寧に維持するかによって決まるものである。

テロワールとは、茶の自然な成長にとって最も好ましい環境条件に適応していることを意味する。

茶は単なる抽象的な原材料ではなく、特定の土地の産物である。

古くから山間部の気候が良質な茶の栽培に最適とされてきたのは、決して偶然ではない。標高の高さは茶の樹の成長を緩やかにし、葉を緻密にし、栄養成分を豊かに蓄えさせる。

昼夜の寒暖差は、人工的な強化に頼ることなくアミノ酸や香気成分の蓄積を促し、味わいの深さを形成する。頻繁に発生する霧や雲は、直射日光を和らげることで葉が粗い苦味を帯びるのを防ぎ、水色に自然な柔らかさと透明感を与える。

これは、日照の強い平坦地で良質な茶が育たないという意味ではない。しかし、他の条件が同じであれば、香りの繊細さや味わいの深みにおいて、平地の茶は常に山間地の茶に一歩譲ることになる。これは特に高級な煎茶において顕著である。平地の茶は一般に安価であり、日常的な茶の原料や、山間地の茶とブレンドする際のベースとして用いられることが多い。

山間地の茶の代表的なテロワールとしては、静岡県にある天竜、川根、本山(ほんやま)といった地域が挙げられる。

自然性は栽培方法にも表れる。肥料や農薬の使用を抑えれば抑えるほど、香りはより素朴になり、味わいは豊かになり、その土地固有の色彩がより鮮明に伝わるようになる。

深く根を張る在来種は、収穫量や見栄えを重視して選別された品種よりも、テロワールの特性をはるかに正確に体現している。

茶の加工は必要不可欠な工程であるが、その役割は自然を代替したり「改良」したりすることではなく、自然を妨げないことにある。伝統的な製法が価値を持つのは、それが単に古めかしいからではなく、自然を支配しようとする試みではなく、自然条件の延長線上にあるものとして生み出されたからである。

最小限の介入、人工添加物の不在、そして茶葉の自然な性質への敬意こそが、茶の内面的な完全性を保ち、人間へと最も自然な形で届けることを可能にする。

高級茶にある程度の人工性が避けられないのだとすれば、日常の茶こそ最大限の自然性が求められる。その栽培と製造において、肥料の使用や熱的・機械的な加工は最小限に留められるべきである。

産地の特性を最大限に活かしつつ、加工の度合いを最小限に抑える(伝統的な製造原則に従う)という意味での「自然性」という用語は、現代の茶に関する文献ではほとんど見当たらない。

私はこの言葉に、約百年前の人物である好川海堂の著作の中で初めて出会った。彼は、日本茶には«茶本来の自然性»と言う表現を使っていた。

p. 42 好川海堂、日本茶の由来と特色 永谷翁創始の茶に就て

日本茶の「青い」自然性の中に、私たちはその「魂」を理解する鍵を見出す。それは、酸化という自然の営みに抗う魂である。死そのものに抗い、茶は文字通り火と水、そして幾多の試練(艱難辛苦)を潜り抜けることで、再び蘇り、人々に己を捧げるのである。

ここに、本質的に自然であると同時に人工的でもあるという、茶文化のパラドックスが存在する。すなわち、「自然性」とは「人工性」の自然な基盤なのである。言い換えれば、健全な茶文化というものは、自然への最大限の敬意に基づいた上にしか築き得ないものである。

松下智は『日本茶そのものが、自然性の強いものである』とを指摘する。『日本茶は、自然の変化を起さない様にするもので、茶のもつ自然の性質を可能な限り活かすことに特徴がある。』p. 12、松下智、日本茶、美味しさを究める、1992。

『煎茶は自然性の最も大きいものであり、特に香気については、自然のもつ日温較差の大きいこと、すなわち、山間地、それも川が流れる様な谷間の南向きの茶畑に育ったものが、香りが優れているていうことになる。』 松下智、日本茶、おいしさを究める、1992年、p. 29。

松下氏は、高品質と見なされることが一般的な、覆下栽培による高級茶(抹茶や玉露)の不自然さを指摘している。

«本来は被覆もしない自然に育った茶の木から、茶の葉を摘んだものと思われるが、現在の抹茶はこのような不自然な管理をしており、そのうえ抹茶畑には一般の茶畑の数倍もの肥料が施され、そうした茶畑で抹茶としての良質のものが生産されるのが現実の姿である。» p. 120, 緑茶の世界、日本茶と中国茶

松下氏は、その著書『日本茶:歴史と風俗』(1969年)において、定着したパラダイムを丁寧に覆し、茶の「自然性」に基づいたもう一つの、すなわち伝統的な品質観を思い起こさせるよう提唱している。そして、その自然性の最も重要な指標となるのが、茶の「自然な香り」である。

松下智は約60年も前、今日私たちが「茶の日常性」と呼ぶべき茶の特異な価値を、事実上描き出していたのである。

当時の煎茶は、現代の煎茶の大部分よりも、はるかに高い自然性と日常性を備えていたことを理解せねばならない。私たちは、何か大切なものを失って初めて、その真の価値を理解し始めるのである。松下氏は次のように記している。

«一般に、お茶のなかでは玉露が最高級品である。これは、抹茶にするのと同じチャの葉を蒸してから十分に揉んで、細く捻ったものであって、ふつうの煎茶とは形はおなじだが、内容成分が多く、とくに味がだいぶちがう。

しかし、これは一般的でなく、限られた人にしか親しみがない。もっとも多く親しまれ、飲まれているのは、いわゆる煎茶である。この煎茶は製品ばかりでなく、チャ園からしてちがう。肥料も少なく、おおいもしない。だから、味もおちることになる。そのお茶がもっとも多くの人に親しまれるのはもちろん値だんによるが、それよりもお茶の香気である。お茶の味とか色は人工的に変えることができることはすでに書いた通りであるが、この香気は全く自然そのものの力である。

したがって、味あるいは色の良否とはあまり関係なく、芳香をもっていることになる。お茶はこの三拍子そろってこそ本当の味といえるわけだが、何といっても、色とか香気は口に入る前に、判定できる性質であって、とくに新茶には、このことがいえる。口ともへもってきて、»まあいいにおい»と思わず声を出させるようなお茶はかならず味も色もよいことになる。そして、»ああおいしかった»とお礼のことばが自然にでることになる。»p. 83-84、日本茶、その歴史と風俗

適切な産地の選択、そして肥料や遮光の完全な廃止、あるいは最小限の使用は、自然性の本質を反映するだけでなく、茶の製造原価を抑えることにも繋がる。その結果、茶はより喉越しが良く香り高いものになるだけでなく、より手頃な価格なものとなるのである。

茶の日常性とは、その自然性の派生物に他ならない。すなわち、自然な茶を「自然な」価格で提供することである。

茶の自然性は、それを人間へと近づける。逆に、茶が自然から遠ざかることは、それをますます不自然で高価なものにし、消費者の日常生活から茶を遠ざけてしまう結果を招くのである。

15. 生物多様性 — 品質の根源

8世紀、すでに『茶経』の著者である陸羽は、茶の品質をその生育環境の自然力、すなわち「自然性」と結びつけていた。

彼は、山の陽当たりの良い斜面に自生し、木々の影に守られた野生の茶こそが最高品質であり、人工的な茶園で栽培された茶は、野生のものには決して及ばないと主張した。

陸羽にとって茶葉の「自然の力」とは、人間からの独立性の直接的な結果であった。植物が栽培化の影響をあまり受けず、野生の生態系に深く組み込まれていればいるほど、その味わい、香り、そして健康へのポテンシャルはより強力で多面的なものになるのである。

中国はこの自然品質という伝統を多く受け継いできた。その証拠の一つが、岩場に育つ野生の武夷岩茶であり、それは長らく茶の最高品質の代名詞となっている。

『茶経』が書かれてから12世紀を経た今日、科学は現代昆虫学の手法を用いて、この概念の妥当性を定量的に証明する方法を模索している。

自然力を評価するための最も効果的なツールの一つとなったのが、1934年にスウェーデンの昆虫学者ルネ・マレーズによって発明された「マレーズ・トラップ」である。

細かいメッシュで作られたテントのような構造のこのトラップは、ほぼすべての飛翔昆虫を自動的に採集し、生態系の住人を記録することを可能にする。現代のアグロエコロジー(農業生態学)において、マレーズ・トラップは生物多様性の測定に用いられており、これは茶園の生命力の主要な指標となっている。

今日、雲南省の古い茶の森で行われている調査(昆明植物研究所などの組織による)は、正の相関関係を示している。

マレーズ・トラップが設置された野生の茶園では、現代的な茶園に比べて数十倍もの種類の昆虫が記録されている。この生物多様性こそが「自然性」の直接的な証拠である。数百種もの捕食者や寄生者が存在することは、茶の木が周囲の環境と絶え間ないバイオケミカルな対話の中で生きていることを示している。

まさにこの対話が、細菌やウイルスとの継続的な接触が私たちの免疫を形成し強化するのと同じように、茶葉の品質を形成するのである。

マレーズ・トラップが高い生命密度を記録したとき、それは茶の木が防衛やコミュニケーションのために、カテキン、フィトチッド、精油といった極めて複雑な二次代謝産物のアルセナル(武器庫)を生成せざるを得ない状況にあることを意味している。

対照的に、農薬を使用した茶園の「空の」トラップは、環境の生物学的な死を告げている。野生の自然との対話の必要性から切り離されたそのような茶は、その生理活性を失い、死んだ産物へと変貌してしまう。『茶経』によれば、長く飲み続けることで人が羽化登仙するとされる、あの「生命力」を欠いたものになるのである。

マレーズ・テント内の種の数は、カップの中の品質のいわば数学的な等価物となる。茶の木の周囲の生命が豊かであればあるほど、その木はより多くのエネルギーを人間に伝えることができる。

本章は、完全に野生の茶に切り替えることを勧めているのではない。より重要なのは、茶の品質形成における自然のメカニズムを野生の茶から学ぶことである。

マレーズ・テントやその他の生物多様性測定手法を利用することは、栽培茶の「野生度」を高め、それを可能な限り自然や人間へと近づける助けとなるだろう。

生物多様性とは自然性の本質であり、茶を孤立したモノカルチャーとしてではなく、それが育った環境の産物として捉える視点である。これこそが茶の原料の健全な基礎であり、その品質は加工の過程で消費者の嗜好に合わせて適応されていくのである。